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10 — RAILWAYS
鉄道と地下鉄の東京
東京は、世界でも類を見ない鉄道の都市です。1日に数百万人が乗り降りする駅、数分おきにやって来る電車、地下深くを縦横に走る地下鉄。その始まりは、海の上の堤防を走った小さな蒸気機関車でした。鉄道がつくった東京の姿をたどります。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
1872年、新橋から横浜へ
史実1872年10月14日(新暦)、新橋〜横浜間に日本初の鉄道が開業しました。約29キロを53分ほどで結び、イギリスから輸入した蒸気機関車が客車を引きました。10月14日は今、「鉄道の日」とされています。
史実このときの新橋駅は、今の汐留のあたりにありました。駅舎の跡には旧新橋停車場が再現され、線路の起点を示す「0哩(ゼロマイル)標識」も復元されています。また、線路の一部は海の上の築堤を走りました(秘密の部屋)。
東京駅 ― 皇居に向いた正面玄関
史実1914年、辰野金吾が設計した赤れんがの東京駅が開業しました。駅舎の正面は皇居の方を向き、中央には皇室専用の出入口が設けられました。1945年の空襲で屋根やドームが焼け落ち、戦後は2階建てに修復されていましたが、2012年、創建時の3階建てとドームの姿に復原されました。
アジアで最初の地下鉄
史実ロンドンの地下鉄を見て感動した実業家早川徳次は、東京にも地下鉄をつくろうと奔走しました。1927年12月30日、上野〜浅草間の2.2キロで、アジア初の地下鉄が開業します。「東洋唯一の地下鉄道」とうたったポスターが話題を呼び、開業の日は乗るための長い行列ができました。この路線が、今の銀座線です。早川は「地下鉄の父」と呼ばれています。
山手線は、実は「環状線」ではない?
史実ぐるりと一周する緑の電車として知られる山手線。ところが、正式な路線としての「山手線」は、品川〜新宿〜田端の区間だけです。残りの田端〜東京〜品川は、正式には東北本線と東海道本線の一部。運行上の「山手線」が、これらを合わせて環状に走っているのです。
史実山手線が今のような環状運転を始めたのは、東京〜神田間の線路がつながった1925年のことです。2020年には、49年ぶりの新駅高輪ゲートウェイ駅が開業し、駅は30になりました。
世界一の駅・新宿
史実新宿駅は、JR、私鉄、地下鉄の各線が集まる巨大なターミナルで、1日の乗降客数が世界一の駅としてギネス世界記録に認定されています。出口は200を超えるともいわれ、「新宿ダンジョン」とも呼ばれます(新宿の部屋)。
ここを見る:都電荒川線(東京さくらトラム)
かつて東京の街じゅうを走っていた都電(路面電車)は、車の増加とともに次々に廃止されました。今も残るのは、早稲田〜三ノ輪橋を結ぶ荒川線1路線だけです。沿線の庭先をかすめるように走る電車に乗ると、昭和の東京の風景に出会えます。


主な参考資料:JR東日本「東京駅」/東京メトロ「地下鉄の歴史」/鉄道博物館/ギネスワールドレコーズ/東京都交通局「都電荒川線」