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21 — SHRINES & TEMPLES
寺社と東京の神々
高層ビルのすぐ隣に、深い森や古い山門が残る東京。その寺社には、意外な歴史が隠れています。100年かけて人がつくった森、将軍たちが眠る寺、四十七士の墓、祭神が一度外された神社。東京の神々と仏たちの物語です。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
明治神宮 ― 100年かけてつくった「永遠の森」
史実1920年、明治天皇と昭憲皇太后をまつる明治神宮が創建されました。鎮座の地に選ばれたのは、もとは大名の屋敷があった代々木の、畑や荒れ地の多い土地でした。そこで、神社を囲む森を一から人の手でつくることになります。
史実林学者の本多静六らは、植えた木々が世代交代を重ね、やがて人の手を加えなくても続いていく「永遠の森」を計画しました。全国から約10万本の木が献木され、青年団などの勤労奉仕で植えられました。はじめはマツが中心でしたが、100年あまりのうちにシイやカシ、クスノキなどの常緑広葉樹の森へと、計画どおりに姿を変えています。
ここを見る:日本最大級の木造の大鳥居
明治神宮の参道にある大鳥居は、高さ12メートル、木造の明神鳥居としては日本最大級です。今の鳥居は1975年に建て替えられたもので、台湾の丹大山から切り出された、樹齢1,500年とされる台湾ヒノキが使われています。創建時の初代の鳥居も、台湾の阿里山のヒノキで造られていました。
増上寺と泉岳寺
史実東京タワーのふもとにある増上寺は、徳川家の菩提寺です。2代秀忠をはじめ、6人の将軍がここに眠っています。上野の寛永寺と並ぶ、将軍家の二大菩提寺でした(上野の部屋)。朱塗りの三解脱門は1622年の建立で、国の重要文化財です。
史実高輪の泉岳寺には、1703年に吉良上野介を討ち、主君の仇を果たした赤穂浪士四十七士の墓があります。浅野内匠頭の墓の隣に浪士たちの墓が並び、今も線香の煙が絶えません。毎年12月14日の義士祭には、多くの人が参拝に訪れます。
神田明神 ― 将門が戻ってきた日
史実神田明神は、江戸の総鎮守として、神田・日本橋・秋葉原・丸の内など江戸の中心の町々の氏神です。祭神の一人は、平安時代に関東で反乱を起こした平将門です。
史実明治時代、天皇に反逆した将門をまつるのはふさわしくないとして、将門は祭神から外され、境内の別の社に移されました。将門が再び本社の祭神に戻ったのは、それから100年あまりたった1984年のことでした。江戸っ子にとって将門は、今も地元の守り神なのです(伝説の部屋)。
湯島天神と合格祈願
史実学問の神・菅原道真をまつる湯島天神は、受験シーズンになると合格祈願の絵馬で埋めつくされます。江戸時代にはすぐ近くに幕府の学問所・昌平坂学問所(湯島聖堂)があり、このあたりは学問の街でした。梅の名所としても知られています。


主な参考資料:明治神宮「明治神宮の森」/増上寺/泉岳寺/神田明神「神田明神の歴史」/湯島天満宮