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06 — PLACE NAMES
地名トリビア
毎日のように口にする東京の地名。けれど、その由来を知っている人は意外に少ないものです。銀座に銀はなく、恵比寿はビールの名前で、秋葉原は火事よけの原っぱでした。地名に隠れた江戸と東京の物語を、史実と俗説に分けて紹介します。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
江戸の役所と職業から
史実銀座:1612年、幕府の銀貨をつくる役所「銀座」が駿府(静岡)からこの地に移されたのが名前の由来です。銀座役所は1800年に蛎殻町(日本橋)へ移りましたが、名前だけが残りました。今の銀座で銀はつくられていません。ちなみに金貨をつくった「金座」は、今の日本銀行本店の場所にありました。
史実御徒町(おかちまち):将軍の外出のとき、徒歩で警護した下級武士「御徒(おかち)」の組屋敷があったことから。
史実馬喰町(ばくろちょう):馬の売買や仲介をする「博労(ばくろう)」が多く住んでいたことから。近くには幕府の馬場もありました。
史実八丁堀:長さが八丁(約870メートル)ほどの堀があったことから。江戸時代には町奉行所の与力や同心の組屋敷が集まり、「八丁堀の旦那」といえば同心のことでした。
大名と武士の名前から
史実紀尾井町:江戸時代、この一帯に紀伊徳川家、尾張徳川家、彦根藩井伊家の屋敷があったことから、三家の頭文字を合わせた地名です。
有力説半蔵門:徳川家康に仕えた服部半蔵正成の屋敷が門の近くにあったことから、といわれます。
史実神保町:旗本の神保長治の屋敷があったことから。新宿は、甲州街道に新しくつくられた宿場「内藤新宿」から。宿場は信濃高遠藩の内藤家の屋敷の一部を返上させてつくられました(新宿の部屋)。
有楽町は、織田有楽斎の屋敷跡?
織田信長の弟で茶人の織田有楽斎(長益)の屋敷があったから「有楽町」――という説が広く知られる。
確かな記録はない
有楽斎がこの地に屋敷を持っていたことを示す確かな史料は見つかっておらず、疑問視する研究者も多い。明治になって付けられた地名で、由来ははっきりしない。
六本木は「六つの大名」
上杉・朽木・青木・片桐・一柳・高木と、「木」にちなむ名を持つ六つの大名家の屋敷があったから「六本木」――という話がよく語られる。
松の木が6本あった、とも
大名屋敷の話は、時代が合わない家も含まれていて後付けとする見方が強い。かつて6本の松の大木があったから、という説もあり、決め手はない。
海と地形から
有力説日比谷:かつて海だったころ、海苔や魚をとるために海中に立てた竹や木の枝「ひび(篊)」が並んでいたことから、とする説が有力です。
史実築地は「築いた土地(埋め立て地)」、お台場は黒船に備えた「砲台」、丸の内は「堀の内側」から(埋め立ての部屋)。数寄屋橋、京橋、新橋は、今はない堀に架かっていた橋の名前です。
有力説渋谷は谷の地形にちなむことは確かですが、「渋」の由来は、この地の領主だった渋谷氏から、川の水が赤さびのような「しぶ色」だったから、など諸説あります(渋谷の部屋)。
ビールと火事と信仰から
史実恵比寿:明治時代、この地に「ヱビスビール」の工場ができ、ビールを運び出すための駅が「恵比寿」と名づけられました。のちに駅のまわりの町名も恵比寿になります。商品名が駅名になり、地名になった珍しい例です。
史実秋葉原:1869年の大火のあと、明治政府はこの地を火除け地とし、火の神をまつる神社を建てました。人々はこの神社を、火防の神として知られた「秋葉大権現(秋葉さま)」と呼び、原っぱは「秋葉の原(あきばっぱら)」と呼ばれるようになります。1890年にできた駅は「あきはばら」と読まれ、それが定着しました(秋葉原の部屋)。
有力説神田:伊勢神宮に納める稲を育てる田「神田(みた)」があったことから、とされます。目黒・目白は、それぞれの地の不動尊の名前から(伝説の部屋)。
ここを見る:銀座二丁目の「銀座発祥の地」の碑
銀座二丁目の交差点の角に、「銀座発祥の地 銀座役所趾」と刻まれた石碑があります。ブランド店が並ぶ通りの足元で、ここが江戸幕府の造幣所だったことを静かに伝えています。


主な参考資料:中央区「銀座の歴史」/千代田区「町名由来板」/渋谷区「恵比寿の地名」/『角川日本地名大辞典 東京都』