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柿の葉寿司・奈良漬・三輪そうめん

「奈良にうまいものなし」――奈良に住んだ作家・志賀直哉の言葉として、よく引かれるフレーズです。けれど、海のない山国で、寺社の台所と庶民の知恵から生まれた料理には、保存と工夫の歴史が詰まっています。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

柿の葉寿司――熊野の鯖が山を越えて

史実柿の葉寿司は、ひと口大の酢飯に塩鯖の薄切りをのせ、柿の葉で包んで押した寿司です。吉野や五條など、奈良県南部の吉野川流域で、夏祭りのごちそうとして作られてきました。

有力説江戸時代、海のない吉野へは、熊野灘でとれた鯖を塩でしめて、山を越えて運んできました。この塩鯖を薄く切って酢飯にのせ、殺菌作用があるとされる柿の葉で包んで日持ちをよくしたのが始まりと考えられています。ちょうど奈良は全国有数の柿の産地で、柿の葉はいくらでも手に入りました。今は鮭や鯛のものもあり、奈良を代表するお土産になっています。

1300年前奈良漬の原型が木簡に登場
2月5日三輪そうめんの初値を占う卜定祭
全国2位奈良県の柿の収穫量(近年)

奈良漬――長屋王も食べた?

史実瓜などの野菜を酒粕に何度も漬け替えて作る奈良漬。平城京の長屋王の邸宅跡から出土した木簡には、「加須津毛瓜(かすづけうり)」と書かれたものがあり、奈良時代にはすでに酒粕で瓜を漬けていたことがわかります。酒造りが盛んだった奈良の寺院で生まれた酒粕が、漬物に生かされたのです(奈良発祥の部屋)。

有力説江戸時代になると、奈良の町で白瓜の粕漬けが商品として売られるようになり、「奈良漬」の名で全国に知られるようになりました。何年も漬け込んだものは、べっこう色に深くなり、酒の香りがします。

柿の葉寿司
柿の葉寿司奈良県
三輪そうめんの寒干し
三輪そうめんの寒干し桜井市三輪

三輪そうめん――冬の寒さが育てる麺

伝承三輪(桜井市)は手延べそうめん発祥の地とされ、大神神社の神の子孫が飢饉に苦しむ人々のために作り始めたと伝わります(三輪山の部屋)。三輪で生まれた技は、伊勢参りの旅人などを通じて、播州(兵庫県)や小豆島、島原など各地に伝わったと言われます。

史実そうめん作りは、空気の乾いた冬の寒い時期に行われます。小麦粉と塩水をこね、油を塗りながら少しずつ細く延ばしては寝かせることを繰り返し、竹の棒に掛けて干していきます。作ってから蔵で梅雨を越して寝かせたものは「古物(ひねもの)」と呼ばれ、コシが強くなるとして珍重されます。

茶粥――「おかいさん」の朝

有力説奈良の家庭では、ほうじ茶や番茶で米を炊いた茶粥を「おかいさん」と呼び、朝ごはんとして親しんできました。米を節約するための知恵とも、東大寺二月堂のお水取りで僧たちが食べる粥がもとになったとも言われます(東大寺の部屋)。さらさらとした茶粥に、奈良漬や梅干しを添えて食べます。

ここを見る:吉野本葛

吉野地方では、山に自生する葛の根から、真っ白なでんぷんを取り出す「吉野本葛」が作られてきました。根を砕いて水にさらし、沈んだでんぷんを何度も冷たい水で洗っては沈めることを繰り返す「吉野晒し」は、水の冷たい冬に行われます。葛餅や葛切り、くず湯のほか、日本料理の上品なとろみ付けに欠かせない材料です。

主な参考資料:奈良県「奈良のうまいもの」/農林水産省「うちの郷土料理」(奈良県)/奈良県三輪素麺工業協同組合/奈良文化財研究所 木簡データベース

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