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奈良公園と鹿
奈良公園では、鹿が道を渡り、店先に顔を出し、鹿せんべいを持つ人に頭を下げてきます。人に慣れていますが、飼われているわけではありません。約1700頭の鹿はすべて野生で、国の天然記念物です。都市のど真ん中で人と野生動物がこうして暮らす場所は、世界でもほとんどありません。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
神の使い「神鹿」
伝承768年に春日大社が創建されたとき、常陸国の鹿島神宮から迎えられた神・武甕槌命は、白い鹿に乗って奈良の御蓋山にやってきたと伝えられます(春日大社の部屋)。このため奈良の鹿は神の使い「神鹿(しんろく)」として大切にされてきました。
史実中世には、春日大社と興福寺の力のもとで鹿は手厚く保護され、鹿を傷つけたり殺したりした者には重い罰が科されました。江戸時代にも、奈良奉行のもとで鹿の保護が続けられています。
「石子詰め」の話
伝承奈良には、誤って鹿を殺してしまった子どもが、鹿の死骸と一緒に穴に入れられ、石で埋められる「石子詰め」の刑に処された、という悲しい話が伝わっています。興福寺の境内近くには、その子・三作を弔ったという「三作石子詰之旧跡」があります。実際にこうした刑が行われたかどうかは、確かな記録がありません(伝説の部屋)。
角きりは、江戸時代から
史実秋になると、雄鹿の角は硬く伸び、人を傷つける危険が高まります。1671年、奈良奉行の溝口信勝が、町の人々を守るために鹿の角を切ることを始めました。これが今も毎年10月に春日大社境内の「鹿苑」で行われる「鹿の角きり」です。勢子(せこ)たちが縄で雄鹿を捕らえ、神官が角を切り落とします。


鹿せんべいと「おじぎ」
史実鹿せんべいは、米ぬかと小麦粉で作られた、砂糖の入っていない鹿専用のおやつです。売上の一部は、鹿の保護活動をする「奈良の鹿愛護会」の運営に使われています。鹿の主食は公園の芝や木の葉で、せんべいはあくまでおやつです。人の食べ物や菓子を与えると、鹿の体をこわす原因になります。
有力説せんべいを見せると、鹿は首を上下に振って「おじぎ」をします。礼儀正しく見えますが、もともと雄鹿が角を突き出して相手を威嚇するしぐさや、相手の様子をうかがう動作だという見方があります。人が頭を下げると鹿も頭を下げ返す、という観察もあり、人と鹿の長い付き合いの中で生まれた「会話」なのかもしれません。
ここを見る:「鹿寄せ」
奈良の鹿愛護会が冬の朝などに行う「鹿寄せ」では、ナチュラルホルンでベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の一節を吹くと、森の奥から鹿が駆け集まってきます。1892年、ラッパで鹿を集めたのが始まりとされ、現在は飛火野で、期間を決めて行われています。
増えすぎる鹿と、これから
史実戦争末期の1945年には、食糧難の中で密猟が増え、鹿は79頭にまで減ったと記録されています。戦後の保護で数は回復し、2026年7月の調査では、前年より222頭多い1687頭と過去最多になりました。
史実一方で、鹿が田畑の作物を食べる被害や、春日山原始林の若木が育たなくなる問題、観光客がかまれたり突かれたりする事故も増えています。奈良県は2017年から、公園の外側の農地周辺に限って鹿を捕獲する取り組みを始めました。神の使いとして守られてきた鹿と、どう付き合っていくのか。1000年以上続く関係が、新しい局面を迎えています。
主な参考資料:一般財団法人 奈良の鹿愛護会/奈良県 奈良公園室/春日大社公式サイト/文化庁 国指定文化財等データベース「奈良のシカ」