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15 — DAILY LIFE
さるぼぼと飛騨の暮らし
高山の町を歩くと、あちこちで顔のない赤い人形に出会います。「さるぼぼ」です。みやげ物として知られるこの人形は、もともとは飛騨の家庭で、子どもの無事を願って作られたお守りでした。朝市のにぎわい、山村の民家、雪の季節の工夫。飛騨の暮らしをのぞいてみましょう。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
さるぼぼ ― 猿の赤ちゃん
史実「さるぼぼ」は、飛騨の言葉で「猿の赤ちゃん」という意味です。「ぼぼ」は赤ちゃんのこと。赤い布で作った体に、黒い頭巾と腹掛けをつけ、手足を広げた姿をしています。昔は、おばあさんやお母さんが、子や孫のために手作りしました。
「災いが去る」「円(縁)が結ばれる」
「猿(さる)」は災いが「去る」に、また「えん(猿)」は「円満」や「良縁」に通じるとして、厄除けや縁結び、安産のお守りとされてきた。赤い色は、病気を払う魔除けの色だといわれる。
顔がないのは?
さるぼぼに顔が描かれていない理由ははっきりしない。持つ人が自分の気持ちを映して、うれしいときは笑顔に、悲しいときは泣き顔に見えるように、と説明されることが多い。
朝市 ― 200年続く町の台所
史実高山では毎朝、宮川朝市と陣屋前朝市の二つの朝市が開かれています。宮川朝市の起こりは江戸時代の後期。高山別院の前で、養蚕に使う桑の葉を売り買いする「桑市」が開かれたのが始まりとされ、やがて野菜や花も並ぶようになりました。
史実明治時代には朝と夜に市が立ち、「朝市」と呼ばれるようになります。1960年に宮川の河原沿いの今の場所へ移りました。農家の女性たちが自分の畑でとれた野菜や漬物、花を並べ、地元の人と旅人が行き交います。宮川朝市は、日本三大朝市の一つに数えられることもあります(天領の部屋)。
飛騨の里 ― 山村の暮らしを伝える
史実高山の町の西の丘にある飛騨の里(飛騨民俗村)は、1971年に開館した野外博物館です。飛騨各地から合掌造りなど約30棟の民家を移築し、池のまわりに山村の風景を再現しています。そのうち4棟は国の重要文化財です。
史実民家の中では、囲炉裏や、わら細工、機織りの道具など、雪に閉ざされた冬の暮らしの道具を見ることができます。長い冬の間、人々は家の中で、わらじや縄をなうなどの手仕事をして過ごしました。
ここを見る:朝市のおばあちゃんの漬物
朝市で見かける赤かぶ漬けや品漬け(いろいろな野菜を漬けたもの)は、家ごとに味が違います。試食をすすめられたら、ぜひ味比べを。さるぼぼも、朝市では手作りのものが並んでいることがあります(食の部屋)。


主な参考資料:飛騨高山宮川朝市協同組合「朝市の歴史」/飛騨高山観光公式サイト/高山市「飛騨の里建造物」/飛騨民俗村 飛騨の里