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05 — FAITH

円空と両面宿儺

江戸時代の初め、一人の僧が鉈(なた)一本で全国を歩き、仏像を彫り続けました。その名は円空。荒々しい木の割れ目をそのまま生かした仏像は、飛騨の山里に数多く残っています。円空が飛騨で彫った像の中に、一つの胴に二つの顔を持つ不思議な人物がいます。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

12万体の仏を彫る誓い

史実円空(1632〜1695)は、美濃国(今の岐阜県南部)で生まれたとされる僧です。修行のために北海道から近畿まで各地を旅しながら、行く先々で仏像を彫り、人々に残しました。

有力説円空は、生涯に12万体の仏を彫ろうと誓ったと伝えられます。現在確認されている円空仏は5,000体あまり。木を割ったままの面や、鉈で荒く削った跡を残した姿は、「鉈彫り」とも呼ばれ、素朴で力強い表情が特徴です。

12万体円空が彫ろうと誓ったと伝わる仏像の数
5,000体あまり現在確認されている円空仏
1632〜1695円空の生涯

飛騨の円空

史実円空は飛騨にも長く滞在し、高山市丹生川町の千光寺をはじめ、飛騨各地の寺や民家に多くの仏を残しました。千光寺の円空仏寺宝館には、円空が彫った仏像が数多く収められています。村の人々が子どものおもちゃにしていたという小さな円空仏も、飛騨には伝わっています。

両面宿儺 ― 怪物か、英雄か

史実日本書紀の仁徳天皇65年の条には、飛騨に両面宿儺(りょうめんすくな)という者がいたと記されています。一つの胴に二つの顔が反対を向いてつき、手足はそれぞれ4本。二張りの弓矢を使って人々から略奪したため、朝廷が送った武将・難波根子武振熊(なにわのねこたけふるくま)に討たれた、というのです。

伝承

飛騨を守った英雄

飛騨では、両面宿儺は悪者ではない。千光寺の縁起では救世観音の化身として寺を開いたとされ、毒龍を退治した、村を開いたなど、人々を助けた英雄として各地に伝説が残る。

有力説

朝廷に従わなかった地方の豪族

朝廷の記録で「怪物」とされた宿儺は、ヤマト政権に従わなかった飛騨の有力者の姿を映したものではないか、という見方がある。勝者と地元とで、同じ人物の描かれ方が正反対になったと考えられる。

ここを見る:千光寺の両面宿儺像

千光寺には、円空が彫った両面宿儺像が伝わっています。二つの顔が肩の上に並ぶように表され、斧を手にした力強い姿です。怪物ではなく、頼もしい守り神として彫られていることが分かります。山の上の境内からは、北アルプスが見渡せます。

千光寺
千光寺高山市丹生川町
円空仏
円空仏飛騨

主な参考資料:飛騨千光寺「円空仏寺宝館」/岐阜県「円空作仏像(千光寺)」/『日本書紀』仁徳天皇65年条/岐阜県博物館

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