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14 — CRAFTS

一位一刀彫・春慶塗・飛騨の家具

木の国・飛騨には、木の美しさをそのまま生かす工芸が育ちました。木目が透けて見える漆塗り、色を塗らずに木の赤と白を生かす彫刻、そして曲げた木で作る椅子。1300年前に都を建てた飛騨の匠の技は、形を変えて今の暮らしの中に生きています。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

飛騨春慶 ― 木目を見せる漆

史実江戸時代の初め、高山の大工の棟梁・高橋喜左衛門は、打ち割ったサワラの木の美しい木目に心を打たれ、その板で盆を作りました。これを気に入ったのが、高山城主の一族・金森重近(のちの茶人・金森宗和)です(城下町の部屋)。重近は、お抱えの塗師・成田三右衛門に命じて、木目が透けて見える透漆(すきうるし)で仕上げさせました。これが飛騨春慶の始まりとされます。

有力説「春慶」という名は、器の色が「飛春慶」と呼ばれた名陶の茶壺の色に似ていたから、あるいは献上したのが春だったから、など諸説あり、はっきりとは分かっていません。

史実木地を作る職人と、漆を塗る職人。二人の匠の技が合わさって、飴色に輝く器ができあがります。使い込むほどに色が深みを増していくのも魅力です。

1975飛騨春慶と一位一刀彫が国の伝統的工芸品に
赤と白イチイの木の赤身と白太を生かす一位一刀彫
1920高山で曲げ木家具の製造が始まる

一位一刀彫 ― 色を塗らない彫刻

史実一位一刀彫は、イチイ(一位)の木を、ノミと小刀で彫り上げる木彫りです。イチイの木には、中心部の赤褐色の「赤身」と、外側の白い「白太」があり、この色の違いをそのまま模様として生かして、色を一切塗らずに仕上げます。

史実江戸時代の後期、高山の松田亮長が、イチイの木を使った根付(印籠などを帯に留める小さな彫刻)を作り、名人と呼ばれたのが一位一刀彫の始まりとされます。作られたばかりの白っぽい色は、年月とともに艶のある飴色に変わっていきます。

曲げ木と飛騨の家具

史実飛騨の山には、ブナの木が豊富にありました。ブナは曲がりやすく、昔は使い道の少ない木とされていました。1920年、高山にこのブナを蒸して曲げ、椅子を作る家具工場が生まれます。曲げ木の技術で作られた飛騨の椅子は、やがて海外にも輸出され、「飛騨の家具」は日本を代表する家具のブランドの一つになりました。

ここを見る:職人の工房と店先

古い町並や高山の町なかには、一位一刀彫や春慶塗の工房を兼ねた店が点在しています。店先で職人が彫刻刀を動かす姿を見られることも。飛騨春慶の器は、光に透かすと、漆の下に木目がくっきり浮かび上がります。

一位一刀彫
一位一刀彫高山市
飛騨春慶
飛騨春慶高山市

主な参考資料:伝統工芸 青山スクエア「飛騨春慶」「一位一刀彫」/飛騨春慶連合協同組合/飛騨産業「飛騨の匠について」/高山市

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