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09 — GERO
下呂温泉
飛騨川の渓谷に湯けむりが立ちのぼる下呂温泉は、室町時代から有馬・草津と並ぶ名湯とたたえられてきました。一羽の白鷺が湯の場所を教えたという伝説、「下呂」という少し変わった地名の由来、そして鉄道が変えた温泉町の歩みをたどります。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
白鷺が教えた湯
史実下呂温泉の始まりは、10世紀の延喜から天暦のころ、温泉街の東にそびえる湯ヶ峰の山頂付近に湯が湧いたこととされます。ところが1265年、山頂の湯は突然止まってしまいました。
伝承それからまもなく、飛騨川の河原に一羽の白鷺が毎日舞い降りるのを村人が見つけます。不思議に思って近づくと、そこには湯が湧いていました。白鷺は、薬師如来の化身だったと伝えられています。村人たちは薬師如来の像を見つけてお祀りし、これが今の温泉寺の始まりとされます。
「天下の三名泉」
史実室町時代の僧・万里集九は、下呂の湯を有馬(兵庫県)・草津(群馬県)とともに名泉として詩文に記しました。江戸時代の儒学者・林羅山も、その著書で草津・有馬・下呂を名湯として挙げています。これが「日本三名泉」と呼ばれるようになりました。
史実湯は、なめらかな肌ざわりのアルカリ性単純温泉です。源泉の温度は高く、80度を超えるものもあります。
「下呂」という地名
史実奈良時代、都と地方を結ぶ道には、一定の距離ごとに馬を乗り継ぐ「駅」が置かれました。美濃国から飛騨国へ向かう道には、「上留(かみとまり)」「下留(しもとまり)」という駅があり、この「下留」がやがて「げる」と読まれるようになり、「げろ」へと変わって「下呂」の字が当てられたと考えられています。
史実山あいの湯治場だった下呂が大きく変わったのは、1930年に鉄道(今の高山本線)の下呂駅が開業してからです。名古屋方面から多くの湯治客や観光客が訪れるようになり、飛騨川の両岸に旅館が立ち並ぶ温泉街が生まれました。
ここを見る:温泉寺の石段と合掌村
温泉街の奥、長い石段を登った先に温泉寺があります。境内からは飛騨川沿いの温泉街を見渡せ、夜は石段に灯りがともります。温泉街の東にある下呂温泉合掌村には、白川郷などから移された合掌造りの民家が集められ、飛騨の山村の暮らしを伝えています(白川郷の部屋)。


主な参考資料:下呂市「下呂温泉の紹介」/下呂温泉観光協会「下呂温泉を知る」/温泉寺