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06 — THE TUNNEL
青函トンネルと竜飛岬
津軽海峡の海の底のさらに下を、53.85キロのトンネルが貫いています。洞爺丸の悲劇から生まれた夢は、40年あまりの歳月と34人の殉職者を経て、1988年に現実になりました。トンネルの入口に近い竜飛岬には、階段の国道という不思議な道もあります。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
海の底の、さらに下へ
史実本州と北海道をトンネルで結ぶための地質調査は、1946年に始まりました。構想を一気に進めたのは、1954年の洞爺丸事故です(連絡船の部屋)。1964年に北海道側で調査用の斜坑の工事が始まり、1971年に本工事に着手しました。
史実工事は、海底の軟らかい地層や断層との戦いでした。何度も大量の海水が噴き出す異常出水に見舞われ、そのたびに坑道が水没する危機に陥りました。岩盤にセメントなどを注入して水を止める技術が、この工事で磨かれていきます。1985年に本坑が貫通し、1988年3月13日、津軽海峡線が開業しました。工事では34人が亡くなっています。
史実開業から長く、青函トンネルは世界最長の鉄道トンネルでしたが、2016年にスイスのゴッタルドベーストンネル(約57キロ)が開業し、その座を譲りました。ただし、海底部分の長さでは今も世界有数です。2016年には北海道新幹線がこのトンネルを通って新函館北斗まで開業し、新幹線と貨物列車が同じ線路を走っています。
竜飛岬 ― 本州の袋小路
史実津軽半島の北の端、竜飛岬は、青函トンネルの本州側の入口に近い岬です。太宰治は小説『津軽』の中で、この地を「本州の袋小路」と書きました(芸術の部屋)。強い風が吹きつける岬には、風力発電の風車が並んでいます。
史実岬の青函トンネル記念館からは、ケーブルカーで地下の作業坑へ降り、海面下140メートル付近の「体験坑道」を歩くことができます。工事で実際に使われた機械も展示されています。
ここを見る:階段国道339号
竜飛岬には、全国でただ一つ、車が通れない階段の国道があります。国道339号の一部で、長さ約388メートル、階段は362段。もともと集落の中の生活道路だった階段が、道路の計画図のまま国道に指定されたといわれます。階段の途中には、国道の標識がちゃんと立っています。近くには、『津軽海峡・冬景色』の歌謡碑もあります。


主な参考資料:JR北海道「青函トンネル」/鉄道・運輸機構/青函トンネル記念館/外ヶ浜町「竜飛岬」/国土交通省青森河川国道事務所