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07 — FESTIVALS

ねぶた・ねぷた・立佞武多

8月の初め、津軽の夜は光る人形の山車で埋めつくされます。青森では「ねぶた」、弘前では「ねぷた」。同じ祭りのようで、形も掛け声も違います。高さ20メートルを超える五所川原の立佞武多まで、津軽の熱い夏をのぞいてみましょう。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

ねぶたの起源

有力説ねぶたの起源は、七夕のころに、夏の眠気や穢れを灯籠に移して川や海へ流した「眠り流し」の行事だと考えられています。「ねぶた」「ねぷた」という名前も、「眠たい」がなまったものという説が有力です。

伝承

坂上田村麻呂の計略

平安時代、蝦夷を攻めた坂上田村麻呂が、大きな人形の灯籠で敵をおびき出した――という伝説がある。ねぶたの最高賞は、かつて「田村麻呂賞」と呼ばれていた。

史実

田村麻呂は津軽まで来ていない

史料の上では、田村麻呂が今の青森県まで進んだ記録はない。伝説はあとから結びつけられたものと考えられ、最高賞も今は「ねぶた大賞」になっている。

青森ねぶた ― 跳人は誰でもなれる

史実青森ねぶた祭は毎年8月2日から7日まで。武者や神仏を題材にした、幅9メートル、高さ5メートルほどの巨大な人形灯籠が、笛と太鼓の囃子とともに夜の街を練り歩きます。1980年、弘前ねぷたとともに国の重要無形民俗文化財に指定されました。

史実ねぶたの周りで「ラッセラー、ラッセラー」と声を上げながら跳ねるのが跳人(ハネト)です。正式な衣装を身につければ、観光客でも誰でも参加できます。衣装は市内の店で買ったり借りたりできます。

史実ねぶたを制作するのは、「ねぶた師」と呼ばれる専門の職人です。木や針金で骨組みをつくり、和紙を貼って色を塗り、中に照明を仕込みます。一台の制作には、数か月がかかります。

8月2〜7日青森ねぶた祭
8月1〜7日弘前ねぷたまつり
約23m五所川原の立佞武多の高さ

弘前ねぷた ― 扇と「ヤーヤドー」

史実弘前のねぷたは、扇の形をした「扇ねぷた」が中心です。表には勇ましい武者絵の「鏡絵」、裏には美人画などの「見送り絵」が描かれます。掛け声は「ヤーヤドー」。青森のねぶたが跳ねて盛り上がる祭りなら、弘前のねぷたは、出陣の前の静かな熱さを感じさせる祭りだといわれます。

五所川原の立佞武多 ― 80年ぶりの復活

史実明治の時代、五所川原では、豪商や地主が力を競い合うように、見上げるほど巨大なねぷたが練り歩いていました。しかし電線が張られるようになって、大きなねぷたは姿を消します。1990年代、市民が古い写真や設計図をもとに復元を試み、1998年、80年ぶりに立佞武多(たちねぷた)が街を歩きました。今では高さ約23メートルの山車が、8月4日から8日の祭りに登場します。

ここを見る:ワ・ラッセと立佞武多の館

祭りの時期でなくても、ねぶたは見られます。青森駅前の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」(2011年開館)には、その年の大賞作など大型ねぶたが展示されています。五所川原の「立佞武多の館」では、吹き抜けの建物の中に高さ20メートルを超える立佞武多がそびえ、祭りの日はここから出陣していきます。

青森ねぶた
青森ねぶた祭青森市
五所川原立佞武多
立佞武多五所川原市

主な参考資料:青森ねぶた祭実行委員会/弘前ねぷたまつり運行調整者会議/五所川原市「立佞武多の館」/文化庁 文化遺産オンライン

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