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15 — CRAFTS
津軽塗・こぎん刺し
長い冬、雪に閉ざされた家の中で、青森の人々は手を動かし続けました。何十回も漆を塗っては研ぐ津軽塗。粗い麻の布を、針と糸で暖かく丈夫にしたこぎん刺しと菱刺し。厳しい暮らしの中から生まれた工夫が、今では世界が認める美しさになっています。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
津軽塗 ― 「馬鹿塗り」と呼ばれるほどの手間
史実津軽塗は、江戸時代の中ごろ、弘前藩が各地から職人を招き、藩の産業として育てた漆器です。何色もの漆を塗り重ねてから表面を研ぎ出し、下に重なった色の層を模様として浮かび上がらせる「研ぎ出し変わり塗り」が特徴です。
史実技法は大きく4つ。まだら模様の「唐塗(からぬり)」、菜の花の種を蒔いて小さな輪の模様をつくる「七々子塗(ななこぬり)」、黒の地に炭の粉で模様を浮かべる「紋紗塗(もんしゃぬり)」、七々子塗に唐草などを描く「錦塗(にしきぬり)」です。
有力説塗っては研ぐ工程を何十回もくり返し、完成までに数か月かかるため、「馬鹿塗り」とも呼ばれてきました。馬鹿がつくほど手間をかける、あるいは馬鹿がつくほど丈夫、という意味だといわれます。
こぎん刺し ― 木綿を着られなかった農民の工夫
有力説江戸時代の津軽では、倹約のため、農民が木綿の着物を着ることが禁じられていたといわれます。寒さの厳しい土地で、人々が着ていたのは、目の粗い麻の布の着物でした。
史実女性たちは、その麻布の織り目を、白い木綿の糸で一目ずつ刺して埋めていきました。こうすると布が丈夫になり、すき間がふさがって暖かくなります。これがこぎん刺しです。菱形を基本にした模様は、「モドコ」と呼ばれる小さな基本模様の組み合わせでできています。地域によって、「東こぎん」「西こぎん」「三縞こぎん」と模様に違いがあります。
史実明治になって木綿が手に入るようになると、こぎん刺しは一度すたれかけますが、昭和に入って民藝運動の人々がその美しさを評価し、再び注目されました。南部地方には、横長の菱形の模様が特徴の「南部菱刺し」が伝わっています。
津軽びいどろ
史実青森市には、漁で使うガラスの浮き玉をつくっていたガラス工場があります。その吹きガラスの技術を生かして生まれたのが、色とりどりの「津軽びいどろ」です。四季の津軽の風景を思わせる色が、今では青森の人気のみやげになっています。
ここを見る:こぎん刺しの裏側
こぎん刺しの作品を見る機会があれば、ぜひ裏側も見てください。こぎん刺しは、布の縦の織り目を奇数の目で数えながら、横方向に一段ずつ刺していきます。裏側に並ぶ糸の渡りを見ると、気の遠くなるような手仕事だったことが分かります。弘前市の津軽藩ねぷた村などでは、津軽塗やこぎん刺しの制作を見学・体験できます。


主な参考資料:青森県「津軽塗」/津軽塗技術保存会/弘前こぎん研究所/文化庁 文化遺産オンライン/北洋硝子