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17 — LEGENDS
伝説と都市伝説
イエス・キリストの墓が、青森の山あいの村にある。源義経は平泉で死なず、北へ逃れて海を渡った。湖の主の座をめぐって竜が戦った。本州の北の果ての青森には、不思議な話がたくさん伝わっています。史実との境目をはっきりさせながら、楽しんでみましょう。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
キリストの墓 ― 新郷村
都市伝説十和田湖の東、新郷村(旧・戸来村)には、「キリストの墓」があります。ゴルゴダの丘で処刑されたのは弟のイスキリで、イエスは日本へ渡り、この村で106歳まで生きた――という話です。
史実この話の出どころは、1935年に村を訪れた人物が、古い文書だとする「竹内文書」をもとに、村の古い塚をキリストの墓だと唱えたことです。竹内文書は、歴史学の世界では偽書とされています。それでも村は、この話を大切な観光資源として受け継ぎ、毎年6月には「キリスト祭」が開かれます。墓の前で、神主が祝詞をあげ、盆踊り歌の「ナニャドヤラ」を踊るという、不思議な光景が見られます。
「ナニャドヤラはヘブライ語」
意味のよく分からない「ナニャドヤラ」の歌詞は、実はヘブライ語で神をたたえる言葉だ――という説がある。戸来(へらい)という地名も「ヘブライ」から来ているという。
南部地方に広く伝わる盆踊り歌
ナニャドヤラは、新郷村だけでなく、青森県南部から岩手県北部に広く伝わる盆踊り歌。意味については、古い日本語や方言で解釈する説がいくつもあり、ヘブライ語説は学問的には認められていない。
義経北行伝説
史実1189年、源義経は奥州平泉の衣川で、藤原泰衡に攻められて自害しました。これが歴史書に記された義経の最期です。
伝承しかし東北から北海道には、義経は平泉で死なず、北へ逃れたという「義経北行伝説」が伝わっています。津軽半島の北の端、外ヶ浜町の三厩(みんまや)には、義経が海を渡ろうとして荒波に阻まれ、観音様に祈ると3頭の竜馬が現れた、という伝説があります。馬がつながれていたという岩屋が「厩石(まやいし)」で、三厩の地名もここから来たといわれます。
十和田湖の竜 ― 八郎太郎と南祖坊
伝承昔、八郎太郎という若者が、仲間の分まで岩魚を食べてしまい、のどが渇いて川の水を飲み続けるうちに、竜になって十和田湖の主になりました。ところがある時、修行を積んだ僧・南祖坊(なんそのぼう)がやって来て、湖の主の座をかけて七日七晩戦います。敗れた八郎太郎は湖を去り、やがて秋田の八郎潟の主になった――という伝説です(十和田の部屋)。
『東日流外三郡誌』― 世紀の偽書
史実1970年代、五所川原市の民家の天井裏から見つかったとされる古文書『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』が、津軽には大和朝廷と戦った独自の王国があったと記していて、大きな話題になりました。一時は村の歴史書の資料編に収められるほどでした。
史実しかし、用語や紙、筆跡などの研究から、この文書は近代以降に書かれた偽書であることが明らかにされ、学界の定説になっています。「作られた歴史」がどのように広まるのかを教えてくれる事件です。
ここを見る:キリストの里伝承館
新郷村の「キリストの墓」の隣には、キリストの里伝承館があり、伝説の内容や村の暮らしを紹介しています。十字架の立つ二つの塚は、一つがキリスト、もう一つが弟イスキリの墓とされています。本当かどうかより、この話を楽しむ村の人々の心意気を感じてください。


主な参考資料:新郷村「キリストの里」/外ヶ浜町「義経伝説」/十和田湖国立公園協会/斉藤光政『偽書「東日流外三郡誌」事件』