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14 — ART & LETTERS
棟方志功・太宰治・寺山修司
本州の北の果て・青森からは、なぜか世界に通じる芸術家が次々と生まれています。ゴッホに憧れた鍛冶屋の息子、津軽の大地主の家に生まれた作家、劇団をつくった歌人、そして大きな頭の女の子を描く画家。青森が生んだ表現者たちを紹介します。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
「わだばゴッホになる」― 棟方志功
史実棟方志功は1903年、青森市の鍛冶屋の三男に生まれました。少年時代にゴッホの「ひまわり」の絵を見て感動し、「わだばゴッホになる」(私はゴッホになる)と誓ったといわれます。
史実上京した志功は、やがて木版画に打ち込みます。自分の版画を「板画(はんが)」と呼び、極度の近視のため、板に顔をくっつけるようにして一気に彫り進めました。1956年、ヴェネツィア・ビエンナーレで国際版画大賞を受賞し、世界の「ムナカタ」になります。1970年には文化勲章を受けました。
太宰治と『津軽』
史実太宰治(本名・津島修治)は1909年、津軽の金木村(今の五所川原市)の大地主の家に生まれました。生家は、明治の終わりに建てられた入母屋造りの大きな屋敷で、今は太宰治記念館「斜陽館」として公開され、国の重要文化財に指定されています。
史実1944年、太宰は故郷の津軽半島を旅し、紀行小説『津軽』を書きました。育ての親だった子守りの越野タケと、小泊で30年ぶりに再会する場面が、作品の最後を飾ります。小泊には、その再会の場面をかたどった像が立っています(書籍の部屋)。
寺山修司 ― 言葉の魔術師
史実1935年に弘前で生まれた寺山修司は、青森で少年時代を過ごし、短歌、詩、演劇、映画、競馬の評論まで、多くの分野で活躍しました。劇団「天井桟敷」を率いて前衛的な舞台を世界各地で上演しています。三沢市には寺山修司記念館があります。
奈良美智と「あおもり犬」
史実1959年に弘前で生まれた現代美術家奈良美智は、にらむような目の子どもや犬の絵で世界的に知られています。
ここを見る:青森県立美術館の「あおもり犬」
三内丸山遺跡の隣にある青森県立美術館(2006年開館)には、奈良美智の高さ8.5メートルの白い犬の立体作品「あおもり犬」がいます。発掘の穴の中に座っているような姿です(三内丸山の部屋)。美術館の大ホールには、シャガールがバレエ「アレコ」のために描いた巨大な背景画も展示され、棟方志功の作品もここで見ることができます。


主な参考資料:青森県立美術館/棟方志功記念館/太宰治記念館「斜陽館」/三沢市寺山修司記念館/五所川原市