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筥崎宮・放生会と博多どんたく
博多の人は、一年の暦を祭りで数えます。5月はどんたく、7月は山笠、9月は放生会。博多三大祭りのうち、春のどんたくと秋の放生会には、それぞれ意外な歴史が隠れています。祭りの名前がオランダ語から来ていたり、神社の門に「敵国降伏」と書かれていたりするのです。
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「敵国降伏」の楼門
史実筥崎宮(はこざきぐう)は、応神天皇を主祭神とする八幡宮で、大分の宇佐、京都の石清水とともに日本三大八幡宮のひとつに数えられることがあります。社伝では、923年に筑前の大分宮から遷座したとされます。
史実朱塗りの楼門には「敵国降伏」と書かれた大きな額が掲げられています。「敵国降伏」の文字は、社記では921年に醍醐天皇が下した宸筆に始まると伝えられ、元寇の後には亀山上皇も宸筆を納めたことで知られます。今の楼門は1594年に小早川隆景が建てたもので、国の重要文化財です(元寇の部屋)。
有力説「敵国降伏」は、武力で敵を打ち負かすという意味ではなく、八幡神の徳によって敵が自ら従うことを願う言葉だ、と説明されることがあります。
放生会(ほうじょうや)
史実毎年9月12日から18日まで行われる筥崎宮の放生会は、生き物の命をいつくしみ、魚や鳥を放って供養する神事です。博多では「ほうじょうや」と呼ばれ、千年以上続く祭りとされています。参道には数百軒の露店が並び、7日間でのべ100万人が訪れると言われます。
史実放生会の名物は、ガラス製の玩具「チャンポン」と、筥崎宮の境内で売られる「新生姜」です。チャンポンは、ガラスの底を吹くと「ポッペン」と音が鳴るもので、縁起物として伝えられてきました。


どんたくは、オランダ語
史実博多どんたくのもとになったのは、800年以上前に始まったとされる「博多松囃子」です。福神・恵比須・大黒の三福神と稚児の行列が、正月に城主や町の有力者のもとを訪ねて祝う行事で、江戸時代には福岡藩主への年賀として続けられました。
史実明治時代に入って一時禁止されたのち、1879年(明治12年)に復活したころから、この祭りは「どんたく」と呼ばれるようになりました。どんたくはオランダ語の「Zondag(ゾンターク、日曜日・休日)」がなまった言葉で、休みの日の楽しい祭りという意味です。
史実戦後の1962年からは「博多どんたく港まつり」として、毎年5月3日と4日に開かれています。しゃもじを打ち鳴らしながら踊る「どんたく隊」が町を練り歩き、ゴールデンウィークの祭りとしては全国有数の人出でにぎわいます。博多松囃子は、今もどんたくの先頭を行く行事として受け継がれています。
ここを見る:筥崎宮の参道と箱崎浜
筥崎宮の参道は、博多湾の箱崎浜へまっすぐ延びています。浜には、山笠の舁き手が7月9日に身を清める「お汐井とり」の真砂が取られる場所があり、博多の人は今も、家の玄関にお汐井(浜の砂)を置いてお清めにする習慣を持っています(山笠の部屋)。
主な参考資料:筥崎宮公式サイト/博多どんたく港まつり振興会資料/福岡市「博多松囃子」解説/国指定文化財等データベース「筥崎宮楼門」