
海の向こうへ
開いた町。
中国の皇帝から贈られた金の印。外国の使節を迎えた古代の迎賓館。宋の商人が住んだ港。そして、二度にわたって押し寄せたモンゴルの大軍。博多は二千年のあいだ、日本でいちばん大陸に近い玄関でした。 商人の町・博多と、武士の町・福岡。ふたつの名をもつ町の歴史を、史実と伝承の境目を示しながらたどります。
博多を読み解く、四つの鍵
この町の出来事は、ほとんどがこの四つのどれかにつながっています。
海
朝鮮半島まで約200km。博多湾は、使節も商人も、ときには敵の軍勢もやってくる、日本でいちばん大陸に近い港でした。
守り
白村江の敗戦後の水城、元寇の防塁、福岡城。海の向こうへの備えが、この土地に何度も大きな工事をもたらしました。
町人
宋の商人、博多の豪商、そして山笠の「流」。博多は、商人が自分たちで町を治めてきた町です。
神と祈り
宗像の女神、筥崎の八幡神、天神さまとなった道真。海の安全と国の守りを祈る社が、町を囲んでいます。
なぜ、この湾だったのか
博多湾は、北を海の中道と志賀島、西を糸島半島に守られた、波の静かな湾です。湾の入り口には玄界島が浮かび、湾の中ほどには能古島があります。そして湾を出れば、壱岐・対馬を経て朝鮮半島まで約200km。玄界灘に面した天然の良港は、古代から大陸との行き来の出発点であり、到着点でした。
湾に注ぐ那珂川と御笠川がつくった平野には、弥生時代に奴国が栄え、やがて内陸に大宰府が置かれます。港の町・博多と、内陸の政治の町・大宰府。その二つを結ぶ道の上に、福岡の歴史は積み重なってきました。
小さな出来事が、今の博多をつくった
一つの出来事が思わぬところへ波及していく。博多には、そんな「バタフライエフェクト」がいくつもあります。
20の部屋から、博多へ
古代の玄関から、中世の港町、城下町、祭りと食まで。気になる部屋から読んでください。
博多と福岡 ふたつの名の町
川をはさんだ商人の町と武士の町。市の名前をめぐる明治の投票。
読む →金印と志賀島
田んぼの溝から出てきた、漢の皇帝の金の印。
読む →糸島と伊都国
魏志倭人伝の王の国と、日本最大の銅鏡。
読む →大宰府政庁・水城と鴻臚館
負け戦のあとに築いた土の壁と、野球場の下の迎賓館。
読む →太宰府天満宮と菅原道真
左遷された学者が、学問の神さまになるまで。
読む →宗像大社と沖ノ島
島ごとご神体。8万点の宝が眠る「海の正倉院」。
読む →元寇と元寇防塁
博多湾に押し寄せた大軍と、海岸20kmの石の壁。
読む →国際都市・博多
宋の商人が住んだ町は、焼け野原から秀吉が立て直した。
読む →承天寺と聖福寺
日本最初の禅寺と、うどん・そば・饅頭のはじまり。
読む →福岡城と大濠公園
天守はあったのか。入り江を堀にした城と、その池。
読む →黒田官兵衛と黒田長政
天下取りの軍師と、福岡の名をつけた息子。
読む →櫛田神社と博多祇園山笠
1トンの山を担いで走る、780年続く夏の祭り。
読む →筥崎宮・放生会と博多どんたく
「敵国降伏」の楼門と、オランダ語から来た祭りの名。
読む →中洲と屋台
川の中の町と、条例で守られた屋台の灯り。
読む →博多ラーメンととんこつ
白いスープ、細い麺、替え玉。その理由。
読む →もつ鍋・水炊き・明太子
釜山生まれの男が、特許を取らずに広めた味。
読む →博多織と博多人形
仏具の柄を織り込んだ帯と、素焼きの人形。
読む →博多弁と博多っ子
「好いとう」「なんしようと」。のぼせもんの言葉。
読む →博多・福岡の伝説と都市伝説
むくりこくり、金印偽物説、山笠ときゅうり。
読む →福岡観光 歴史をめぐる
空港から地下鉄5分。1日・2日で回る歴史の町。
読む →博多の人には「常識」
外から来るとちょっと驚く、けれど地元ではあたりまえのこと。
- 7月はきゅうりを食べない山笠に関わる家では、7月1日から15日まで、きゅうりを口にしないと言われます。切り口が櫛田神社の神紋に似ているからです(山笠の部屋)。
- 締めは「博多手一本」宴会の最後は、三本締めではなく博多手一本。手を打ったあとは、その場の話を蒸し返さないのが礼儀です(博多弁の部屋)。
- 「なおしといて」は片付けて博多弁の「なおす」は「しまう」の意味。修理を頼んだわけではありません(博多弁の部屋)。
- ラーメンは麺の硬さを言う「バリカタで」「ハリガネで」。注文のときに麺の硬さを伝え、足りなければ替え玉を頼みます(ラーメンの部屋)。
- 玄関にお汐井箱崎浜の砂「お汐井」を竹かごに入れて玄関に下げ、出かけるときに体にふりかけて身を清める家があります(筥崎宮の部屋)。
年表でたどる博多
板付の稲作
縄文時代晩期の水田跡が見つかり、日本で最も古い時期の稲作の地として知られます。
奴国の使い
後漢の光武帝が奴国に印綬を与えたと『後漢書』に記されます。志賀島の金印とされます。
伊都国と奴国
魏志倭人伝に、代々王がいる伊都国と、2万余戸の奴国が記されます。
沖ノ島の祭祀
玄界灘の沖ノ島で、国家的な祭りが約500年続きます。
水城を築く
白村江の敗戦の翌年、大宰府を守る土塁が築かれます。
菅原道真が大宰府へ
左遷された道真は903年に亡くなり、のちに太宰府天満宮が建てられます。
聖福寺
栄西が聖福寺を開きます。山門には「扶桑最初禅窟」(日本最初の禅寺)の額が掲げられています。
承天寺
宋の商人・謝国明の支援で、円爾が承天寺を開きます。
元寇
文永の役と弘安の役。博多湾岸に石の防塁が築かれます。
太閤町割り
豊臣秀吉が焼け野原の博多を区画し直します。
福岡城の築城開始
黒田長政が城を築き、「福岡」と名づけます。
福岡市の誕生
市制施行で博多と福岡がひとつの市に。同じ年、博多駅が開業します。
引揚げ港・博多
約139万人が博多港に引き揚げます。
宗像・沖ノ島が世界遺産に
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群が世界遺産に登録されます。





