トップ / 神の食卓と伊勢の味

06 — 食の民俗学

1500年、一日も休まない
神さまの朝ごはん。

外宮では毎日朝と夕方、神々に食事が供えられます。米も塩も鮑も酒も、器まで、ほぼすべてが自前。火はマッチではなく木をこすって起こし、水は神域の井戸から汲む。そんな「神の食卓」を支える自給システムと、参宮客の胃袋を満たしてきた伊勢の味をたどります。

黒いたまり醤油のタレがかかった極太の伊勢うどん
伊勢うどん

この部屋の問い

神さまの食事は、どこから来るのか。

THE QUESTION

毎日の神饌(しんせん)を、神宮はどうやって調達しているのか。

神宮では、神に供える食材や器の多くを、自らの田畑や塩田、調製所でつくっています。外部から「買ってくる」のではなく、「つくる」ことそのものが祭祀の一部なのです。

外宮の御饌殿(みけでん)で毎日行われる日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)では、天照大御神をはじめ、豊受大御神や別宮の神々に食事が供えられます。献立は、御飯三盛、鰹節、魚、海藻、野菜、果物、御塩、御水、そして御酒。これを朝夕二回、雨の日も元日も欠かさず、約1500年続けてきたとされます。

調理に使う火は、忌火屋殿(いみびやでん)で、ヒノキの板に心棒を立てて回す火鑽具(ひきりぐ)で起こした清浄な火。水は外宮の神域にある上御井神社(かみのみいのじんじゃ)の井戸から、毎朝汲まれます。

神饌に「四つ足」は使わない。神宮の神饌には、牛や豚などの獣肉は用いられません。海と山、そして田からの恵みが中心です。

神宮の自給システム

米、塩、鮑、鯛、そして器まで

品目つくる場所ポイント
御料米神宮神田(伊勢市楠部町)春の神田下種祭、秋の抜穂祭を経て収穫。神嘗祭などの神饌になる。
野菜・果物神宮御園(伊勢市二見町)季節の野菜や果物を栽培。
御塩御塩浜・御塩殿神社(二見町)入浜式の塩田で採った荒塩を、土器に詰めて焼き固め、三角錐の「堅塩」に。
鮑御料鰒調製所(鳥羽市国崎町)海女が獲った鮑を薄く剥いて干した「熨斗鮑(のしあわび)」を奉納。
干鯛御料干鯛調製所(愛知県 篠島)三河湾に浮かぶ篠島で、古くから干した鯛を奉納し続けている。
土器土器調製所(多気郡明和町)神饌を盛る素焼きの土器は、一度使うと二度と使わない。
御酒内宮・外宮の御酒殿など白酒(しろき)・黒酒(くろき)・醴酒(れいしゅ)などを神宮で醸す。
萱葺き高床の御稲御倉
御稲御倉(みしねのみくら)神田の稲を納める内宮の御倉
白い装束の奉仕者が神田で稲を抜き取る抜穂祭
神宮神田の抜穂祭伊勢市楠部町
  1. 伝承倭姫命、国崎で鮑を受ける巡行中の倭姫命に、海女が鮑を献上したと伝わる
  2. 以後国崎から神宮へ鮑の奉納が続く鮑を薄く伸ばして干した「熨斗鮑」を納める
  3. 中世〜熨斗鮑が「贈り物の縁起物」に長く伸ばした鮑は長寿・繁栄の象徴に
  4. 現代祝儀袋の「のし」贈答品に付ける「のし」は、この熨斗鮑を簡略化したもの

篠島の干鯛は、伊勢の対岸・愛知県の島から船で運ばれてきます。県境を越えた奉納が千年以上続いていることは、神宮の「御饌の国」が伊勢湾全体に広がっていたことを物語っています。

参宮客の胃袋

伊勢うどんは、なぜ柔らかいのか

極太で、箸で持ち上げると切れそうなほど柔らかい麺に、黒いたまり醤油のタレを絡めて食べる伊勢うどん。初めて食べた人が「コシがない」と驚くのは、じつは理にかなった理由があります。

① 待たせないため

参宮客が大勢押し寄せる門前町では、注文のたびに茹でていては間に合いません。麺を長時間茹でておき、注文が入ったら温めてタレをかけるだけ。江戸時代のファストフードでした。

② 疲れた旅人のため

何日も歩いて伊勢にたどり着いた旅人の胃に、柔らかい麺は優しかった。地元では今も、病気のときにも食べられる「消化のよいうどん」として親しまれています。

③ たまりの国の味

三重県はたまり醤油の文化圏。濃い色に反して、タレは見た目ほど塩辛くなく、甘みとコクがあります。

④ 名前は意外と新しい

地元では長くただの「うどん」でした。「伊勢うどん」という呼び名が全国に広まったのは、1970年代にタレントの永六輔さんがラジオなどで紹介したことがきっかけと言われています。

伊勢うどんを食べ慣れた地元の人に「コシがない」と言うと、「コシがないのが伊勢うどん」と返されます。ちなみに、麺を茹でる時間は店によって1時間近くに及ぶことも。

餅街道

伊勢参宮は、餅の道だった

伊勢へ続く街道沿いには、昔から名物の餅が点在していました。参宮客にとって、手軽に腹を満たせる餅は、旅の楽しみであり、疲れを癒やすおやつでもありました。

赤福餅

宝永4年(1707)創業。餅の上のこしあんに付けられた三筋の形は五十鈴川の清流を、白い餅は川底の小石を表しているとされます。

朔日餅(ついたちもち)

赤福が毎月1日に販売する、その月だけの餅。元日を除く毎月1日の早朝、本店には長い行列ができます。「朔日参り」の文化と一体の名物です。

へんば餅

安永4年(1775)創業。宮川のほとりで、馬や駕籠でやってきた参宮客がここで馬を返した(返馬=へんば)ことに由来する名前です。

二軒茶屋餅

天正3年(1575)創業と伝わる、きな粉をまぶした餅。勢田川の河口、船で伊勢に着いた参宮客が最初に立ち寄る茶屋でした。

そのほかの名物餅

内宮前の神代餅、太閤出世餅、二見の岩戸餅など。「伊勢は餅の町」と言っていいほど、それぞれの店に物語があります。

てこね寿司

餅ではありませんが、志摩の漁師が船上で獲れたカツオを醤油に漬け、酢飯と手でこね混ぜたのが始まりとされる郷土料理。伊勢の食堂の定番です。

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御塩の浜へ

神宮の御塩をつくる二見の浜は、かつて参拝者が身を清めた「禊の浜」でもありました。

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