トップ / 二見と朝熊山

07 — 伊勢参りのフルコース

禊の浜から始まり、
山の寺で締めくくる。

江戸時代の伊勢参りは、外宮と内宮を拝んで終わりではありませんでした。まず二見浦で身を清め、両宮を参り、最後に朝熊山に登る。「伊勢へ参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と歌われた、伊勢参りの本来のコースをたどります。

大注連縄で結ばれた二見の夫婦岩と朝の海
二見浦の夫婦岩

この部屋の問い

夫婦岩は、何を拝むためのものか。

THE QUESTION

夫婦岩は「縁結びの岩」――だけではない。本当に拝んでいたのは何か。

二つの岩を大注連縄で結んだ夫婦岩は、夫婦円満の象徴として知られます。しかし本来、夫婦岩は沖合の海中に沈む聖なる石と、その先から昇る太陽を拝むための「鳥居」の役割を果たしているのです。

夫婦岩の沖合約700mの海中には、「興玉神石(おきたましんせき)」と呼ばれる岩が沈んでいます。猿田彦大神ゆかりの霊石とされ、夫婦岩はこの神石と日の出を遥拝するための鳥居の役割を担っていると考えられています。

夏至の前後には、夫婦岩の間から朝日が昇ります。空気が澄んだ日には、はるか遠くの富士山の背後から太陽が顔を出すこともあり、その光景を求めて早朝から多くの人が集まります。

大注連縄で結ばれた男岩と女岩
夫婦岩と大注連縄二見興玉神社

大注連縄

男岩と女岩を結ぶ大注連縄は長さ約35m。塩風にさらされて傷むため、年に3回(5月・9月・12月)、張り替えの神事が行われます。

浜参宮(はまさんぐう)

江戸時代の参拝者は、伊勢に参る前に二見浦で潮を浴びて身を清めました。今は二見興玉神社で「無垢塩草(むくしおぐさ)」という海藻を使ったお祓いを受けることで、この禊に代えています。

カエルの神社

二見興玉神社の境内には、たくさんのカエルの像が並びます。猿田彦大神の使いとされ、「無事かえる」「貸したものがかえる」などの縁起で親しまれています。

日本初の海水浴場?

二見浦は明治15年(1882)に海水浴場として公認され、日本で最初の公認海水浴場とされています。皇族の休憩所として建てられた「賓日館(ひんじつかん)」は、国の重要文化財です。

御塩の浜

神宮の塩は、今も二見でつくられる

二見は、神宮に供える御塩の産地でもあります。五十鈴川の河口近くにある「御塩浜」では、夏の土用の頃、昔ながらの入浜式塩田で濃い塩水を採ります。それを「御塩殿神社」の境内で煮詰めて荒塩をつくり、さらに三角錐の土器に詰めて焼き固め、「堅塩(かたしお)」に仕上げます。一年を通じて神饌に用いられるほか、お祓いにも使われる大切な塩です。

玄人の視点:五十鈴川の河口で塩をつくるという点にも意味があります。神宮の森から流れ出た清らかな川の水と、伊勢湾の海水が混じりあう場所。神域の森と海がつながっていることを、御塩は象徴しています。

朝熊山

「朝熊かけねば片参り」

伊勢へ参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り
伊勢音頭の一節として伝わる言葉

伊勢市と鳥羽市の境にそびえる朝熊山(あさまやま・標高555m)。その山上にある臨済宗の古刹金剛證寺(こんごうしょうじ)は、伊勢神宮の鬼門を守る寺とされ、江戸時代には伊勢参りの締めくくりに必ず参るべき場所でした。神と仏が一体とされた神仏習合の時代、伊勢参りは神宮だけで完結するものではなかったのです。

奥の院の卒塔婆

金剛證寺の奥の院に続く道には、高さ数メートルにもなる巨大な卒塔婆がびっしりと立ち並びます。亡くなった人を供養するために遺族が建てるもので、その光景は圧巻です。

岳参り(たけまいり)

伊勢志摩地方には、人が亡くなると、遺族が朝熊山に登って供養する「岳参り」という風習があります。「死者の魂は朝熊山に行く」と言われ、奥の院の卒塔婆はその信仰の表れです。

萬金丹(まんきんたん)

朝熊山の名物として知られた丸薬。伊勢参りの定番土産として全国に持ち帰られ、「伊勢の萬金丹」の名で親しまれました。

天空の足湯

伊勢志摩スカイラインの山頂展望台からは、伊勢湾や、晴れた日には富士山を望むことも。展望足湯に浸かりながら、伊勢参りの行程を見下ろせます。

道開きの神

猿田彦神社と、その子孫

内宮の近くにある猿田彦神社は、天孫降臨の際に天照大御神の孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内したとされる猿田彦大神をまつる神社です。「道ひらき」の神として、物事を良い方向へ導くご利益で知られます。この神社の宮司家は、猿田彦大神の子孫とされる宇治土公(うじのつちぎみ)家です。倭姫命が伊勢を訪れた際、猿田彦大神の子孫である大田命が五十鈴川のほとりの地を献上したとも伝えられ、同家は古くから内宮の運営にも深く関わってきました。

方位石

境内にある八角形の石柱。かつての神殿の跡を示すもので、方角を刻んだ石に触れてご利益を願う人も多い場所です。

佐瑠女(さるめ)神社

境内社。天岩戸の前で舞ったとされる天宇受売命(あめのうずめのみこと)をまつり、芸能の神として芸能人の参拝も多いことで知られます。

フルコースの全体像

江戸時代の伊勢参り、理想のモデルコース

1

二見浦で浜参宮

潮を浴びて身を清める。朝日が昇る時刻に合わせるのが理想。

2

外宮に参拝

外宮先祭にならい、まず外宮へ。御師の屋敷は外宮のある山田に多かった。

3

間の山を越える

参宮街道の坂道。古市でひと休み……する人も多かった。

4

内宮に参拝

宇治橋を渡り、五十鈴川で手を清めて正宮へ。

5

朝熊山へ

金剛證寺に参り、伊勢参りを締めくくる。

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