平和大通り
平和大通り

HIROSHIMA

川と海がつくった、
再生の都。

太田川がつくった三角州の上に、戦国大名が城を築いたのは1589年。やがて城下町は「軍都」となり、1945年8月6日、一発の原子爆弾で焼け野原になりました。 そこから街はどう立ち上がったのか。海に浮かぶ宮島、潮待ちの港町、お好み焼きとカープまで。観光ガイドには載らない広島の「なぜ」を、史実と伝承の境目を示しながらたどります。

FOUR KEYS

広島を読み解く、四つの鍵

この街の出来事は、ほとんどがこの四つのどれかにつながっています。

KEY 01

三角州の街

広島の中心部は、太田川が運んだ土砂でできた三角州の上にあります。いくつにも分かれた川と、海を埋め立てて広げた土地。橋の多い「水の都」の姿は、ここから生まれました。

KEY 02

軍都

鉄道と港がそろった広島は、明治以降、軍の拠点になりました。1894年には日清戦争の大本営が置かれ、南の呉には海軍の大工廠ができます。街の発展は、軍とともにありました。

KEY 03

8月6日

1945年8月6日午前8時15分、原子爆弾が街の上空で炸裂しました。その年のうちに約14万人が亡くなったと推計されています。広島は、この日を伝え続ける街になりました。

KEY 04

瀬戸内の海と島

波の穏やかな瀬戸内海には、神の島・宮島や、潮を待つ船でにぎわった港町が点在します。牡蠣やレモン、港町の文学。海は広島の暮らしと文化の舞台です。

WHY HERE?

なぜ、この三角州だったのか

中国山地から流れ出た太田川は、広島湾に注ぐ手前でいくつもの流れに分かれます。そのあいだに土砂がたまってできたのが、広島の街が広がる三角州です。かつてここは、葦の茂る小さな島々と干潟でした。

川を使えば山の産物を運び出せ、海に出れば瀬戸内の航路につながる。水運の要に目をつけたのが、中国地方の大半を治めた戦国大名・毛利輝元でした。海に面した低い土地は水害にも悩まされましたが、人々は堤防を築き、干潟を埋め立てて街を広げていきました。

三角州の城下町へ →

広島城 原爆ドーム 太田川 宇品港 宮島 広島湾(瀬戸内海) 中国山地へ

BUTTERFLY EFFECT

小さな出来事が、街の今をつくった

一つの出来事が思わぬところへ波及していく。広島には、そんな「バタフライエフェクト」がいくつもあります。

1894年6月鉄道が広島まで山陽鉄道が広島まで開通する。当時の西の終点だった。
8月17日で線路を日清戦争が始まり、広島駅と宇品港を結ぶ線路がわずか17日ほどで敷かれる。
9月大本営が広島へ兵士を送り出す港に近い広島城に、大本営が移される。
1895台湾の割譲戦争は下関条約で終わり、台湾と澎湖諸島が日本に割譲された。
1915チェコ人の設計ヤン・レツルの設計で、ドーム屋根の広島県物産陳列館が完成する。
1945骨組みが残る爆心地のすぐ近くで、建物は燃えながらも壁とドームの鉄骨が残った。
1960一冊の日記被爆の影響で亡くなった少女の日記をきっかけに、保存を求める運動が広がる。
1996世界遺産1966年に永久保存が決まった原爆ドームは、世界遺産に登録された。
1950親会社のない球団復興のシンボルとして、市民の球団・広島カープが誕生する。
1951解散の危機選手の給料も払えないほどの資金難に陥る。
樽募金市民が支える球場などに置かれた酒樽に、市民がお金を入れて球団を支えた。
1975初優勝創設から26年目、「赤ヘル」のカープが初めてリーグ優勝を果たす。

13 ROOMS

13の部屋から、広島へ

気になるところから読めます。上から順に読むと、三角州の城下町が軍都となり、焼け野原から平和記念都市として立ち上がるまでが、一本の物語としてつながります。

LOCAL COMMON SENSE

広島の人には「常識」

外から来るとちょっと驚く、けれど地元ではあたりまえのこと。

  • 8月6日は「登校日」夏休み中でも、広島市内の多くの学校ではこの日が登校日です。午前8時15分には、街のあちこちで黙とうがささげられます。
  • 「広島焼き」とは言わない地元では、ただ「お好み焼き」。キャベツと麺を重ねて焼くのが広島のお好み焼きです。「広島焼き」と呼ぶと、少し訂正されるかもしれません。
  • お墓にカラフルな「盆灯籠」お盆になると、墓地が赤や青、黄色の紙を張った朝顔形の灯籠で彩られます。浄土真宗の信仰があつい「安芸門徒」の土地ならではの風景です。
  • 路面電車は「広電」市内を走る路面電車は広島電鉄、通称「広電」。被爆した電車が、今も現役で走っています。
  • 勝負ごとには、しゃもじ宮島の杓子(しゃもじ)は「敵をめしとる」縁起物。カープの応援でも、しゃもじを打ち鳴らす光景が見られます。
  • 「じゃけぇ」「だから」を意味する広島の言葉。「〜じゃけぇ」は、広島弁を代表する語尾として全国に知られています。

TIMELINE

年表でたどる広島

1168

厳島神社の社殿

平清盛が、海の上に建つ今の形の社殿を整えます。

1555

厳島の戦い

毛利元就が陶晴賢を破り、中国地方の覇者への道を開きます。

1589

広島城の築城

毛利輝元が太田川の三角州に城を築き始めます。

1619

浅野家の入城

福島正則の改易後、浅野長晟が入り、浅野家が約250年治めます。

1889

市制と呉鎮守府

広島市が誕生し、呉には海軍の鎮守府が開かれます。宇品港も完成しました。

1894

大本営が広島へ

日清戦争の大本営が広島城に置かれ、帝国議会も広島で開かれます。

1941

戦艦「大和」完成

呉の海軍工廠で建造された世界最大級の戦艦が完成します。

1945

8月6日 午前8時15分

原子爆弾が投下され、その年のうちに約14万人が亡くなりました。

1949

平和記念都市建設法

8月6日に公布され、広島は「平和記念都市」として復興の道を歩みます。

1950

カープ誕生

親会社を持たない市民球団として、セ・リーグに参加します。

1955

平和記念資料館の開館

丹下健三の設計による平和記念公園の中心施設が開館します。

1996

二つの世界遺産

原爆ドームと厳島神社が、同じ年に世界遺産に登録されました。

2016・2023

世界の目が広島に

2016年にアメリカのオバマ大統領が訪問し、2023年にはG7広島サミットが開かれました。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

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