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10 — LEGENDS
伝説と都市伝説
沈む夕日を扇で招き返した平清盛、茶屋の娘の手をもみじにたとえた伊藤博文、街の名前の由来、そして海軍の港町どうしの「元祖」争い。広島で語られる話を、史実との境目を示しながら紹介します。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
夕日を招き返した清盛
呉市の本土と倉橋島のあいだには、幅わずか90メートルほどの音戸の瀬戸という海峡があります。瀬戸内海の船の近道として、古くから多くの船が行き交ってきました。
「清盛が一日で切り開いた」
平清盛がこの瀬戸を切り開く工事を急がせ、日没で工事が終わりそうになると、扇で沈む夕日を招き返し、一日で完成させた――という伝説が残る。近くには「日招き像」や、清盛をまつる清盛塚がある。
工事の記録ははっきりしない
清盛が瀬戸内海の航路の整備に力を入れたことは確か。ただ、音戸の瀬戸を清盛が開いたことを示す確かな記録はなく、もともとあった水路を広げたとする見方もある。
もみじ饅頭と伊藤博文
「なんと可愛らしい、もみじのような手」
宮島を訪れた伊藤博文が、茶屋の娘の手を見て「もみじのような可愛らしい手じゃ。焼いて食べたらさぞうまかろう」と冗談を言ったのがもみじ饅頭のきっかけ――という話がよく知られる。
考えたのは和菓子職人
もみじ饅頭を考案したのは、宮島の和菓子職人・高津常助とされる。紅葉谷の旅館の依頼で明治の終わりごろに生まれた。伊藤博文が宮島を好んで訪れたことは確かで、そこから話が広まったと考えられる(食の部屋)。
「広島」という名前
二人の名前を合わせた
毛利輝元が、毛利家の祖先である大江広元の「広」と、築城の案内役を務めた地元の武将・福島元長の「島」を合わせて名づけた――という説が広く語られてきた。
肉じゃがは、どこで生まれた?
「東郷平八郎のビーフシチュー」
イギリスに留学した東郷平八郎が現地のビーフシチューを懐かしみ、艦の料理人に作らせたところ、しょうゆと砂糖で似せた料理ができた。それが肉じゃがの始まり――という話が広く知られる。
海軍の料理だったことは確か
旧海軍の料理の教科書に、肉じゃがに近い「甘煮」が載っていることは確か。1990年代には、東郷が勤務した京都府の舞鶴市と広島県の呉市が、それぞれ「肉じゃが発祥の地」を名乗り、今も両市で話題になっている。東郷の逸話を裏づける確かな記録はない。
宮島の鹿と、神の島の習わし
有力説島全体が神域とされてきた宮島では、かつて死や出産を島の外で迎える習わしがあったといわれます(宮島の部屋)。島の鹿も神の使いとされ、人々のそばでのんびりと暮らしています。ただし鹿は野生動物。紙の地図やおみやげの袋をかじられないよう、気をつけてください。


主な参考資料:呉市「音戸の瀬戸」/宮島観光協会/広島市「広島の地名の由来」/呉市・舞鶴市 観光資料