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09 — CRAFTS

熊野筆・宮島杓子・広島針

書道の筆、ご飯をよそうしゃもじ、縫い物の針。毎日の暮らしで使う道具の多くが、実は広島でつくられています。農閑期の出稼ぎや、藩のすすめた内職から生まれた、広島の手仕事の歴史をたどります。

ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ

熊野筆 ― 山あいの町の筆

史実広島市の東、山に囲まれた熊野町は、国内の筆の約8割を生産する「筆の都」です。田畑の少ない高原の町で、江戸時代の終わりごろ、農閑期に奈良や紀州(和歌山)へ出稼ぎに出た人々が、帰りに筆や墨を仕入れて売り歩いたことが始まりとされます。やがて町の人々は筆づくりの技術を学び、町は筆の産地になっていきました。

史実熊野筆は1975年、国の伝統的工芸品に指定されました。書道の筆や画筆に加え、近年は化粧筆が世界的に評価されています。2011年、サッカーの女子ワールドカップで優勝した日本代表に国民栄誉賞が贈られたとき、記念品に選ばれたのも熊野の化粧筆でした。

約8割国内の筆の生産に占める熊野町の割合
1975熊野筆が伝統的工芸品に指定
約9割国内の縫い針の生産に占める広島の割合

宮島杓子

伝承宮島の杓子(しゃもじ)は、江戸時代の後期、島に住んだ僧・誓真(せいしん)が、島の人々の暮らしを助けるために作り方を教えたのが始まりと伝えられています。弁財天が持つ琵琶の形をまねたともいわれます。

史実明治時代、日清・日露戦争に向かう兵士たちが、「敵をめしとる(飯を取る)」として、しゃもじを厳島神社などに奉納したことで、必勝の縁起物として全国に知られるようになりました。宮島の表参道商店街には、長さ7メートルを超える巨大な杓子が飾られています。

広島針と、安芸門徒の仏壇

史実広島は縫い針の一大産地で、国内生産の約9割を占めるといわれます。江戸時代、広島藩が下級武士の内職として針づくりを奨励したのが始まりとされています。

史実広島県西部には、浄土真宗の信仰があつい「安芸門徒」が多く暮らしてきました。その信仰に支えられて発展したのが、金箔や漆をふんだんに使った広島仏壇です。お盆に墓を彩る色とりどりの「盆灯籠」も、安芸門徒の土地ならではの風習です。

ここを見る:福山の琴

広島県東部の福山は、琴の産地としても知られ、国内生産の多くを占めています。江戸時代、福山藩が学問や芸能を奨励したことが背景にあるといわれます。福山琴は国の伝統的工芸品です。

熊野筆
熊野筆熊野町
盆灯籠
盆灯籠県内各地

主な参考資料:熊野町「熊野筆」/伝統的工芸品産業振興協会/宮島観光協会「宮島杓子」/広島県針工業協同組合

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