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06 — FOOD & SAKE
寒さが生んだ食と酒
スープの表面を覆うラードの膜、鶏の半身をまるごと焼いた「新子焼き」、そして伊丹の名跡を受け継いだ酒蔵。旭川の味には、厳しい寒さと戦後の暮らしの工夫が、そのまま溶け込んでいます。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
旭川ラーメン ― ラードは「ふた」だった
史実旭川ラーメンの歴史は戦後まもなく始まります。1947年(昭和22年)には、今も続く名店「蜂屋」と「青葉」がそろって店を開きました。
旭川ラーメンの特徴としてよく挙げられるのが、スープの表面に浮かぶラードの膜です。有力説これは味のためだけでなく、冷めにくくするための工夫だといわれます。−20℃を下回る冬、湯気の立つ丼もすぐに冷めてしまう。脂の層でふたをすれば、最後まで熱いまま食べられるというわけです。
- Wスープ:豚骨や鶏ガラの動物系と、煮干しや昆布などの魚介系を合わせたスープ。
- 低加水の縮れ麺:水分の少ない麺はスープをよく吸い、のびにくいとされる。
- 醤油味が主流:札幌の味噌、函館の塩に対して、旭川は醤油という整理が一般的。
1996年には、市内の人気店が集まる「あさひかわラーメン村」がオープン。旭川ラーメンは全国に知られる「ご当地ラーメン」になりました。
新子焼き ― 戦後の「ごちそう」
有力説新子焼きは、骨付きの若鶏の半身を、塩やタレで豪快に焼き上げる旭川の名物です。「新子」はもともと魚のコノシロの幼魚を指す言葉で、「若いもの」の意味から若鶏をこう呼ぶようになったといわれます。戦後、手に入りやすかった若鶏を丸ごと焼いた料理が、焼き鳥店の定番として根づいていきました。
史実昭和25年創業の老舗「ぎんねこ」などが知られ、2012年6月には地元の有志による「新子焼きの会」が発足。旭川のソウルフードとして発信が続いています。
「北の灘」の酒
大雪山の雪どけ水、上川盆地の米、そして仕込みに適した厳しい寒さ。旭川は明治のころから酒どころとして知られ、「北の灘」と呼ばれてきました。
史実代表格の男山は、1899年(明治32年)に創業した山崎酒造をルーツとします。1968年(昭和43年)、江戸時代に伊丹で名を馳せた酒「男山」の名跡を、木綿屋山本本家から受け継いで社名を改めました。1977年以降は海外の酒類コンクールで数多くの金賞を受けています。ほかにも「国士無双」の高砂酒造など、市内には個性ある酒蔵が並びます。
ここを見る:酒蔵の「仕込み水」
酒蔵の資料館や直売所では、仕込みに使う水が試飲できることがあります。大雪山の伏流水を口にすると、「北の灘」という呼び名の理由がすとんと腑に落ちます。



「旭川の人はラーメンに一家言ある」
どの店が好きかで話が尽きないのは本当のよう。ただし地元の人がラーメンを食べる頻度は人それぞれ。
1947年、二つの名店
蜂屋と青葉は、ともに1947年創業。戦後の屋台から始まった味が、今も受け継がれている。
主な参考資料:あさひかわラーメン村/男山株式会社「男山の歴史」/高砂酒造/旭川観光コンベンション協会「旭川のグルメ」