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08 — LITERATURE
文学が生まれる町
1964年、朝日新聞の1000万円懸賞小説に選ばれたのは、旭川で雑貨店を営む無名の主婦でした。三浦綾子の『氷点』。そのほかにも、この町は井上靖が生まれ、小熊秀雄が筆をふるった場所でもあります。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
三浦綾子 ― 雑貨店の主婦が射止めた1000万円
史実三浦綾子は1922年(大正11年)、旭川に生まれました。16歳から7年間、小学校の教員を務めますが、敗戦で「自分が子どもたちに教えてきたことは何だったのか」と深く悩み、1946年に教壇を去ります。その後、肺結核と脊椎カリエスで13年におよぶ療養生活を送り、1952年に洗礼を受けました。
1959年に三浦光世と結婚し、旭川で小さな雑貨店を開きます。そして1963年、朝日新聞が創刊85周年を記念して賞金1000万円の懸賞小説を募集したとき、店番のかたわら夜ごと原稿を書き続けました。
プロジェクトX的瞬間:無名の主婦、入選
応募作は700編を超えたといわれます。1964年7月、入選作として発表されたのは、旭川の主婦・三浦綾子の『氷点』でした。12月9日から朝日新聞で連載が始まり、翌1965年に単行本が出るとたちまちベストセラーに。テレビドラマや映画にもなり、「氷点ブーム」が巻き起こりました。
『氷点』の舞台となったのが、旭川市神楽の外国樹種見本林です。1898年(明治31年)に、外国の樹木が北海道の気候で育つかを試すために植えられた林で、ストローブマツやヨーロッパトウヒなどがそびえます。その一角に、1998年6月、市民の募金運動によって三浦綾子記念文学館が開館しました。
三浦綾子はその後も旭川に住み続け、『塩狩峠』『道ありき』など多くの作品を残して、1999年に亡くなりました。


ここを見る:見本林から美瑛川へ
見本林の奥へ進むと、美瑛川の堤防に出ます。『氷点』の重要な場面を思い出しながら歩くと、物語の空気がぐっと近くなります。冬は雪の林、夏は木漏れ日の散歩道です。
井上靖 ― 師団の官舎で生まれた作家
史実『しろばんば』『天平の甍』で知られる井上靖は、1907年(明治40年)5月6日、旭川の第七師団の官舎で生まれました。父が師団の軍医だったためです。一家は1年ほどで旭川を離れたため、井上靖自身に旭川の記憶はほとんどありませんでした。
それでも晩年、1990年の旭川市開村100年の記念式典に招かれ、旭川は自分の生まれた土地として語っています。生誕地の近くには井上靖記念館があり、市内の4条通8丁目には文学碑も建っています。
小熊秀雄 ― 旭川で鍛えられた詩人
史実小熊秀雄(1901〜1940)は小樽生まれの詩人・画家です。若いころ旭川で旭川新聞の記者を務め、およそ7年間、この町で文章を書きました。のちに上京し、ユーモアと鋭い風刺の詩で知られるようになりますが、39歳で亡くなります。
旭川では彼の名を冠した「小熊秀雄賞」が設けられ、すぐれた詩集に贈られてきました。
「見本林には『氷点』の家がある」
小説はあくまでフィクション。作中の辻口家のモデルになった建物が林の中にあるわけではない。ただ、林と川の位置関係は物語そのまま。
記念文学館は市民の力で
三浦綾子記念文学館は、全国からの募金をもとに、市民が中心となって設立された。
主な参考資料:三浦綾子記念文学館/旭川市 井上靖記念館/旭川市「小熊秀雄賞」関連資料/旭川市「外国樹種見本林」