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09 — COMEBACK
旭山動物園の逆転劇
入園者が年間26万人まで落ち込み、閉園もささやかれた日本最北の動物園。飼育員たちが夢を語り合って描いた14枚のスケッチが、やがてひと月だけとはいえ上野動物園を抜く奇跡を起こします。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ
日本最北の動物園、どん底へ
史実旭山動物園は1967年(昭和42年)7月1日、旭川市の東、旭山の斜面に開園しました。当初はにぎわったものの、レジャーの多様化とともに入園者は減っていきます。
追い打ちをかけたのが、1994年に園内でゴリラやワオキツネザルがエキノコックス症で死んだ出来事でした。一時休園に追い込まれ、1996年度の入園者は約26万人と、過去最低を記録します。市の財政も厳しく、閉園が取りざたされるほどでした。
14枚のスケッチ
プロジェクトX的瞬間:夢を絵に描く
1986年ごろ、飼育員たちは仕事のあとに集まり、「自分たちがつくりたい理想の動物園」を語り合っていました。動物が本来の力を見せられる展示、見る人が驚くような角度。その夢は14枚のスケッチにまとめられます。絵を描いたのは、飼育係だったあべ弘士(のちに絵本作家として活躍)。お金もない時代、スケッチは長く引き出しの中で眠っていました。
転機は、新しい市長のもとで整備予算がついたことでした。飼育員たちは、あのスケッチを実現していきます。キーワードは「行動展示」。動物の姿形を見せる「形態展示」ではなく、泳ぐ、跳ぶ、登るといった、動物本来の行動を見せる展示です。
| 年 | 施設 | 見どころ |
|---|---|---|
| 1997 | ととりの村 | 鳥たちが飛び交う大型ケージ |
| 1998 | もうじゅう館 | 真下からヒョウやトラを見上げる |
| 2000 | ぺんぎん館 | 水中トンネルで「空を飛ぶ」ペンギン |
| 2001 | オランウータン舎 | 高い空中での綱渡り |
| 2002 | ほっきょくぐま館 | 水中へ飛び込む迫力と、カプセルから見る視点 |
| 2004 | あざらし館 | 円柱水槽をアザラシが縦に通り抜ける |
上野を抜いた夏
史実2004年6月にあざらし館が完成すると、評判は全国に広がります。その年の8月、旭山動物園の月間入園者数は約32万人に達し、日本一の上野動物園を上回りました。人口35万人ほどの町の動物園が、首都の動物園を抜いたのです。2007年度には年間300万人を超え、北海道を代表する観光地になりました。
園長の小菅正夫、そしてのちに園長を継いだ坂東元ら、飼育員出身の人々がこの改革を支えました。手書きの解説板「ワンポイントガイド」も、飼育員が自分の言葉で動物を語る工夫のひとつです。
ここを見る:手書きの解説板
園内の説明板の多くは、飼育員の手書きやイラストです。動物の名前や生息地だけでなく、「この子はこんな性格」「ここに注目」といった現場ならではの情報が書かれています。


「ペンギンの散歩は演出」
冬の名物「ペンギンの散歩」は、運動不足の解消のために始まったもの。見せるための芸ではなく、ペンギンが歩きたいように歩いている。
スケッチは実在する
14枚のスケッチは実際に描かれ、園の再生の設計図になった。「夢を絵にする」ことの力を示す話として、今も語られている。
主な参考資料:旭川市旭山動物園「動物園の歴史」/小菅正夫『〈旭山動物園〉革命』(角川oneテーマ21)