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06 — 一皿の向こう側

名物には、
生みの親と偶然がいる。

味噌ラーメン、スープカレー、ジンギスカン。いまや「札幌の味」として全国に知られる料理の多くは、昭和の札幌で、名もない店主や技術者たちが試行錯誤の末に生み出したものです。どの料理にも、誰かの思いつきと、思いがけない偶然の連鎖がありました。

湯気の立つ味噌ラーメンのイラスト

1954年 すすきの

味噌ラーメンは、一軒の店から始まった

味の三平 創業者 大宮守人
味噌ラーメンの生みの親、大宮守人

1950年、すすきのに開店した小さなラーメン店「味の三平」。店主の大宮守人は、味噌汁の文化が根づく日本人に合うラーメンを、と試作を重ね、1954年に味噌ラーメンを完成させました。翌年、雑誌『暮しの手帖』で紹介されると評判が広がり、店は大いに繁盛します。

ちぢれた太めの麺(地元の西山製麺のもの)、たっぷりのもやし。今に続く「札幌ラーメン」の型の多くは、この店でつくられたといわれます。

「豚汁に麺を入れたのが始まり」という話が広く流布していますが、これは店側が否定している“俗説”。味噌ラーメンは偶然の産物ではなく、狙って生み出された一杯だったのです。

もやしがたっぷり載った味噌ラーメン
もやしたっぷりの味噌ラーメン
地元の常識

味の三平は1968年から、南1条西3丁目の大丸藤井セントラルというビルの4階にあります。このビルは、札幌の人なら誰でも知っている老舗の文房具店。「ノートやペンを買いに来たついでに元祖の味噌ラーメン」という、全国でもまれな組み合わせが味わえます。

「サッポロ一番」は、群馬生まれ

袋麺の定番「サッポロ一番」。名前から札幌の会社の商品と思われがちですが、つくっているのは群馬県で創業したサンヨー食品です。ところが、この商品と札幌には深い縁があります。同社の井田毅(のちの社長)は後年、味の三平のラーメンを「味の芸術品」と評し、それがサッポロ一番シリーズを生むきっかけになったと語っています。すすきのの一杯が、全国の台所にまで届いた——バタフライエフェクトの典型のような話です。

1971年 円山

スープカレーは「薬膳」から生まれた

大きな具材のスープカレー
ごろっとした具が特徴のスープカレー

1971年、札幌の円山に一軒の喫茶店「アジャンタ」が開きました。店主は、富山の薬売りの家系に生まれた人物。漢方の養生食とインドの料理を組み合わせた「薬膳カリィ」を、1975年ごろから出し始めます。

最初は具のないスープとライスだけ。客の要望で鶏肉が入り、やがてニンジンやピーマンなど、ごろっと大きな野菜が加わっていきました。今のスープカレーの原型です。

そして1993年、白石区に開店した「マジックスパイス」が、自らのカレーを「スープカレー」と名づけました。名前を得た料理は一気に広がり、2000年代には札幌で大ブームに。2003年に横浜の商業施設へ出店したことをきっかけに、全国に知られるようになりました。

玄人メモ

スープカレーの店では「辛さ」と「スープの種類」を選ぶのが基本。辛さを数字で選ぶ店が多く、上限が驚くほど高い店もあります。初めてなら中くらいの辛さから。ご飯にはレモンが添えられることもあり、スープに浸さず交互に食べる人も多いのが札幌流です。

軍服と羊

ジンギスカンは、羊毛のために始まった

ジンギスカン鍋のイラスト

北海道で羊が本格的に飼われるようになったきっかけは、食べるためではありませんでした。 1918年、国は軍服などに使う羊毛を自給しようと「緬羊百万頭計画」を立てます。札幌の月寒を含む全国5か所に種羊場が置かれ、やがて北海道は全国一の羊の産地になりました。

増えた羊の肉を、どうおいしく食べるか。そこで広まったのがジンギスカンです。名前の由来には諸説ありますが、有力とされるのは、満州で働いていた駒井徳三が名づけたという説。駒井は、札幌農学校の流れをくむ東北帝国大学農科大学の出身でした。

「後づけ」か「味付け」か

札幌では、生の肉を焼いてからタレにつける「後づけ」が主流。一方、内陸の滝川などでは、あらかじめタレに漬け込んだ「味付け」が主流です。道民同士でどちらが好きかを話し始めると、なかなか終わりません。

中央が盛り上がった鍋の形にも意味があります。高い中央で肉を焼き、流れ落ちる肉汁で周りの野菜を焼く。脂と旨みを一滴も無駄にしない設計です。春の花見、秋の運動会や行楽——屋外でジンギスカンを囲む「ジンパ」は、北海道の季節行事そのものです。

幻の野菜

「札幌黄」——農学校が遺した玉ねぎ

玉ねぎ
玉ねぎ(イメージ)

1878年、札幌農学校の教師ウィリアム・ブルックスは、アメリカ・マサチューセッツから玉ねぎの種を取り寄せました。これをもとに札幌の土地で選抜が重ねられ、生まれたのが「札幌黄(さっぽろき)」です。

日持ちがよく、火を通すと甘みが強い。かつては日本の玉ねぎの代表格でしたが、病気に強く育てやすい新しい品種が普及すると生産は激減します。 2007年には、失われつつある食材を守るスローフード協会の「味の箱舟」に登録されました。今も東区の丘珠周辺で、数十戸の農家が栽培を続けています。

札幌の日常の味

地元の人が「当たり前」に思っている味

とうきびワゴン

大通公園の夏の名物。1967年から続く焼きとうもろこしの屋台。北海道ではとうもろこしを「とうきび」と呼ぶ。

白い恋人

1976年、西区の石屋製菓が発売。宮の沢の工場は「白い恋人パーク」として見学できる。

サッポロクラシック

1985年登場の北海道限定ビール。道民の「とりあえず」の定番。くわしくは赤い星の麦酒へ。

ザンギ

北海道で唐揚げを指す言葉。下味をしっかりつけたものを呼ぶことが多く、「唐揚げとは違う」と言い張る道民も。

カツゲン

北海道で長く親しまれる乳酸菌飲料。道外に出て初めて「全国区じゃなかった」と知る人が多い。

甘納豆の赤飯

小豆ではなく甘納豆で炊く、ほんのり甘い赤飯。北海道の家庭では一般的で、道外の人は驚く。札幌の料理学校の創設者・南部明子が昭和期に広めたといわれる。

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