トップ / バタフライ効果

09 — 連鎖でたどる札幌

一羽の蝶の羽ばたきが、
遠くで嵐を起こす。

ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる——小さな出来事が、思いもよらない大きな結果につながることを「バタフライエフェクト」と呼びます。札幌の歴史は、この連鎖の宝庫です。誰かの小さな決断や思いつきが、150年後の私たちの暮らしを形づくっています。

羽ばたく蝶のイラスト

CHAIN 01

一本の用水路が、札幌じゅうの住所を決めた

  1. 1866大友亀太郎が農業用水路「大友堀」を掘る幕府の命で入植した農政家が、畑に水を引くために掘った一本の水路。
  2. 1870年代開拓使が、この水路を街の東西の基準線に採用すでにあった人工の直線は、原野に都市を描く設計者にとって格好の「座標軸」だった。
  3. 1881「条・丁目」の住所制度が始まる大通と創成川を軸に、北○条西○丁目という座標のような住所が生まれる。
  4. いま約196万人の街の住所が、この水路から数えられている「西4丁目」の「4」は、幕末の用水路から数えて4本目という意味。

もしも、大友が水路を少し東に掘っていたら——札幌駅の住所は「西4丁目」ではなかったかもしれません。

CHAIN 02

一人の役人の異議が、「サッポロ」を世界の名にした

  1. 1875村橋久成、「醸造所は北海道に」と建議東京に建てる予定だった官営ビール醸造所の計画に、一人の役人が異を唱える。
  2. 1876開拓使麦酒醸造所が札幌に完成樽には開拓使の赤い星。翌年「冷製札幌麦酒」として東京で評判に。
  3. 1964社名が「サッポロビール」に合併と分割の曲折を経て、都市の名がそのまま企業とブランドの名前になる。
  4. いま世界各地で「SAPPORO」の文字と赤い星が知られる多くの人が、都市より先にビールの名前で「サッポロ」を知る。

もしも、醸造所が計画どおり東京に建っていたら——ラベルの名前は「サッポロ」ではなかったはずです。

CHAIN 03

すすきのの一杯が、全国の台所に届いた

  1. 1954「味の三平」で味噌ラーメンが完成店主・大宮守人が、日本人の味覚に合うラーメンを追求して生み出す。
  2. 1955雑誌『暮しの手帖』に紹介される全国の読者に「札幌には味噌味のラーメンがある」と知られる。
  3. 1960年代群馬の食品会社の井田毅(のちの社長)が、その味に感銘を受けるのちに「味の芸術品」と評したその一杯が、新しい即席麺の着想に。
  4. いま「サッポロ一番」と「札幌=味噌ラーメン」のイメージ一軒の店の工夫が、日本中の「札幌の味」の記憶をつくった。

CHAIN 04

中高生の6つの雪像が、200万人の祭りになった

  1. 1950大通7丁目に、中高生が6基の雪像をつくる戦後の沈んだ冬の街を元気づけるための、小さな催し。
  2. 1955陸上自衛隊が参加、巨大雪像の時代へ高さ10メートルを超える雪像が登場し、見物客が急増する。
  3. 1972札幌オリンピックで世界に知られる冬季五輪をきっかけに、雪まつりは国際的な祭典へ。
  4. いま来場200万人超、トラック6,000台分の雪雪を「厄介もの」から「観光資源」へと変えた、発想の転換。

CHAIN 05

返上した五輪が、「地下の札幌」を生んだ

  1. 19381940年冬季五輪の開催を返上戦争の激化で、決まっていた札幌大会は幻に。
  2. 19661972年大会の開催が決定雪辱の機会を得た札幌は、都市改造を一気に進める。
  3. 1971ゴムタイヤの地下鉄と地下街が開業パリの地下鉄に学んだ静かな地下鉄と、雪の影響を受けない地下の商店街。
  4. 2011チ・カ・ホ開通、地下の街が一本につながる雪の日も傘なしで札幌駅から大通、すすきのへ歩ける都心が完成する。

CHAIN 06

4万年前の噴火が、明治の街並みをつくった

  1. 約4万年前支笏カルデラの巨大噴火火砕流が札幌南部まで流れ下り、冷え固まる。
  2. 1870年代お雇い外国人が「札幌軟石」に着目やわらかく加工しやすく、火に強い。開拓使が採石を奨励する。
  3. 明治〜昭和倉、店、教会、役所が軟石で建てられる産地の地名はそのまま「石山」に。市内には約300棟の軟石建築が確認されている。
  4. いま石切場跡が公園に、軟石はパン窯や雑貨に火山の置き土産は、形を変えて札幌の暮らしに生き続けている。

CHAIN 07

大学生のマイコン熱が、「サッポロバレー」になった

  1. 1970年代北海道大学でマイコンの研究会が盛り上がるパソコンがまだ珍しかった時代、北大の研究者や学生たちがマイクロコンピュータに熱中する。
  2. 1973〜札幌でソフトウェア会社が次々と誕生のちに家庭用ゲームで一時代を築くハドソンも、札幌で創業した会社だった。
  3. 1990年代〜IT企業の集積地「サッポロバレー」と呼ばれる米国のシリコンバレーになぞらえ、札幌は地方都市のIT産業集積の代表例として注目される。
レトロなパソコンのイラスト

CHAIN 08

戊辰戦争の敗北が、札幌に「白石区」を生んだ

  1. 1868仙台藩が戊辰戦争で敗れる白石城主・片倉家の家臣団は禄を失う。
  2. 1871家臣団が北海道へ渡り、札幌の東で開墾その働きぶりに感心した開拓使の判官が、郷里の名から「白石村」と命名。
  3. いま札幌市白石区、人口約21万人敗れた藩の故郷の名は、北の大都市の区の名として生き続けている。

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石切場跡、ごみ処分場だった公園、茶室、控訴院。知ると見え方が変わる場所。

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