
FOUR KEYS
長崎を読み解く、四つの鍵
この町の出来事は、ほとんどがこの四つのどれかにつながっています。
平地のない港
三方を山に囲まれた細長い入り江。深くて波が静かな港は、大きな外国船にとって理想的でした。平地がないぶん、町は坂を上り、海を埋め立てて広がりました。
ただひとつの窓
江戸時代、ヨーロッパとの貿易が許されたのは出島のオランダ商館だけ。中国の船も長崎に限られました。世界の品物と情報は、この港から日本に入ってきました。
隠された祈り
一時は「小ローマ」とも呼ばれたといわれるキリシタンの町。禁教のあとも、信仰は250年にわたってひそかに受け継がれ、1865年に再び姿を現しました。
祈りの町
1945年8月9日、原子爆弾が浦上の上空で炸裂しました。第一目標は長崎ではありませんでした。そこから町はどう立ち上がったのか。
WHY HERE?
なぜ、この入り江だったのか
長崎港は、外海から北東へ細長く切れ込んだ入り江です。入口が狭く奥が深いので、外海が荒れても港の中は穏やか。水深もあり、大きな帆船が岸の近くまで入れました。
その代わり、港のまわりは山がすぐそばまで迫り、平らな土地がほとんどありません。船にとっては理想の港、人が住むには厳しい土地。だからこそ町は斜面に家を建て、海を埋め立て、出島という人工の島まで造りました。「坂の町」長崎の姿は、この地形から始まっています。
BUTTERFLY EFFECT
小さな出来事が、町の今をつくった
一つの決定が思わぬところへ波及していく。長崎には、そんな「バタフライエフェクト」がいくつもあります。
13 ROOMS
13の部屋から、長崎へ
気になるところから読めます。上から順に読むと、入り江の港が世界への窓になり、祈りの町になるまでが一本の物語としてつながります。
坂と入り江の港町
平地がない。だから港になった。ポルトガル船が来た1571年の話。
読む →出島 ― 扇形の人工島
サッカー場2面ほどの島に、218年間ヨーロッパがあった。
読む →唐人屋敷と長崎の中国
オランダ人より、はるかに多かった中国の人々。
読む →潜伏キリシタンの250年
禁教のなかで祈りを守り、1865年に名乗り出た人々。
読む →平戸と鄭成功
台湾の英雄「国姓爺」は、平戸で生まれた。
読む →蘭学と長崎遊学
日本中の若者が、長崎を目指した。
読む →幕末の長崎と志士たち
亀山社中、グラバー、そして1枚の写真。
読む →軍艦島と近代化遺産
日本最古の鉄筋コンクリートアパートは、海の上にある。
読む →1945年8月9日
11時2分。第一目標は、長崎ではなかった。
読む →卓袱・ちゃんぽん・カステラ
留学生のために生まれた一杯と、円卓の和華蘭。
読む →伝説と都市伝説
眼鏡橋のハートストーン、思案橋、扇形の理由。
読む →歩いて読む長崎
坂と路面電車で、物語の現場へ。
読む →関連書籍
『沈黙』から『長崎の鐘』まで、長崎を深く読む本。
読む →PHOTOS
写真で見る長崎
LOCAL COMMON SENSE
長崎の人には「常識」
外から来るとちょっと驚く、けれど地元ではあたりまえのこと。
- 「くんち」の季節は仕事にならない10月7〜9日の長崎くんちは、諏訪神社の秋の大祭。「もってこーい」の掛け声が町中に響きます。
- 精霊流しは、にぎやかお盆の夜、故人を送る精霊船を引いて町を練り歩きます。爆竹の音で耳栓が必要になるほど。しめやかな行事を想像すると驚きます。
- 移動は路面電車市内の路面電車は長崎の足。坂の町なので、電車と歩きと階段の組み合わせが基本です。
- 「さるく」長崎の言葉で「ぶらぶら歩く」こと。町歩きの観光企画の名前にもなっています。
- 「和華蘭(わからん)」和(日本)・華(中国)・蘭(オランダ)がまじりあった長崎の文化を指す言葉。卓袱料理やくんちの出し物にその姿が残ります。
- 自転車はあまり見かけない坂と階段が多すぎて、自転車より歩きのほうが早い場所も。斜面の住宅地には車が入れない道も多くあります。
TIMELINE
年表でたどる長崎
ポルトガル船、平戸へ
九州北西部に南蛮貿易の時代が始まります。
長崎開港
大村純忠のもとで長崎が開かれ、ポルトガル船が入港。港に面した岬に新しい町がつくられます。
イエズス会に寄進
大村純忠が長崎と茂木をイエズス会に寄進。のちに豊臣秀吉が直轄地とします。
二十六聖人の殉教
西坂の丘で26人が処刑されます。
眼鏡橋・くんち
黙子如定が眼鏡橋を架け、長崎くんちが始まったとされる年です。
出島完成
1641年には平戸のオランダ商館が移ってきます。
唐人屋敷完成
中国の人々が暮らす居住区が、町の南に設けられます。
シーボルト来日
翌年、鳴滝塾を開きます。
開港とオランダ商館の終わり
自由貿易が始まり、南山手・東山手に外国人居留地ができます。
信徒発見/亀山社中
大浦天主堂で潜伏キリシタンが名乗り出ます。同じ年、坂本龍馬らが亀山社中を結成。
端島に日本初の鉄筋コンクリート造アパート
海の上の炭鉱の島に、7階建ての集合住宅が建ちます。
8月9日 午前11時2分
原子爆弾が浦上の上空で炸裂。その年のうちに約7万4千人が亡くなりました。
二つの世界遺産
「明治日本の産業革命遺産」と「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が登録されます。
ラベルの意味:史実記録で裏づけ 有力説多くの研究・資料が支持 伝承言い伝え 都市伝説噂・地元の語りぐさ





