
高知県 歴史情報ポータル
「江戸から一番遠い藩」と揶揄されながら、明治維新の思想を動かした男と、自由民権運動の震源地と、日本最大級の財閥の創業者を、ほぼ同時代に送り出した土佐藩。その背景には、関ヶ原の敗者と勝者が同居した複雑な身分制度と、黒潮が運ぶ外への視線、そして八十八ヶ所を巡る遍路文化が育てた懐の深さがあります。観光パンフレットには載らない、土佐の「なぜ」を集めました。
土佐を読み解く、四つの鍵
幕末維新の中心人物を輩出した藩は薩長だけではありません。それでも土佐がこれほど異質な歴史を残しているのには理由があります。 一つは、関ヶ原で敗れた長宗我部の遺臣「郷士」と、勝者として入国した山内家の家臣「上士」が二百数十年にわたり同居し続けた、 全国でも稀な身分対立の構造。一つは、その郷士の子として生まれた坂本龍馬や、下士の家から出た板垣退助のように、 身分の外側から時代を動かそうとした人々の反骨心。一つは、黒潮に開かれた海が育てた、ジョン万次郎や岩崎弥太郎のような 外へ向かう発想。そしてもう一つは、四国八十八ヶ所のうち24もの札所を抱え、行き交う遍路を受け入れ続けてきた土地の懐の深さです。 このサイトでは、この四つを中心に、それぞれのページでたどっていきます。
サイトを歩く
それぞれ独立して読めます。興味のあるところから、どうぞ。
敗れた長宗我部、迎えた山内。二百数十年続いた身分対立のはじまり。
読む →龍馬、中岡慎太郎、山内容堂。下士と藩主が同時に動かした維新。
読む →命がけで藩を捨てた27歳。脱藩の先に何を見ていたのか。
読む →地下浪人の子・岩崎弥太郎は、いかにして三菱を興したか。
読む →ジョン万次郎、中江兆民、牧野富太郎。土佐人の系譜。
読む →現存12天守のひとつ。追手門から天守まで木造が残る理由。
読む →「修行の道場」。八十八ヶ所のうち24札所がこの県にある理由。
読む →「自由は土佐の山間より出づ」。板垣退助が蒔いた種。
読む →カツオの一本釣り、皿鉢料理、柚子。黒潮が育てる豊かさ。
読む →桂浜から四万十川、龍河洞まで。土佐を歩く見どころ集。
読む →「日本を今一度せんたくいたし申候」書簡に残る素顔の龍馬。
読む →司馬遼太郎から近年の評伝まで、土佐をもっと深く読む10冊。
読む →写真で見る
言葉だけでは伝わらない部分を、実際の風景で。各カードは関連するページへのリンクになっています。
概観
詳しい物語は各ページで。ここでは全体の流れだけを。
西軍についた長宗我部盛親が敗れ、土佐一国を没収される。翌年、山内一豊が新領主として入国する。
旧長宗我部の家臣は「郷士」として下級武士に位置づけられ、山内家臣団「上士」との待遇差が幕末まで続く。
高知城下の商家に近い豪商出身の郷士の家。身分は低くとも、経済的には裕福だったとされる。
27歳の龍馬が土佐を出奔。勝海舟に師事し、日本初の商社ともいわれる亀山社中を長崎に設立する。
船中八策を提示したとされる大政奉還の直後、京都近江屋で中岡慎太郎とともに命を落とす。
民撰議院設立建白書を提出。「板垣死すとも自由は死せず」の言葉とともに、土佐は運動の一大拠点となる。