トップ ⼎ 高知城と城下町

05 — 城下町

天守も本丸御殿も、
全国でここだけ。

現存天守12城の一つである高知城は、天守と本丸御殿が両方とも現存する全国唯一の城です。何がこの城をここまで完全に残させたのか。

高知城天守と本丸御殿
高知城

一度焼け、両方とも建て直された城

初代城主・山内一豊が1601年に筑城を開始した高知城ですが、1727年の城下大火で天守を含む多くの建物を失いました。現在の天守は1749年に再建された二代目です。全国に12しかない現存天守の中でも、高知城は天守だけでなく城主の日常の住まいであった「本丸御殿」まで両方が現存する唯一の例です。多くの城では天守のみが象徴的に残り、役所相当の建物は失われている例が多いので、これは地元でも誇るべき事実とされています。

追手筋と日曜市——三百年続く市

城の正面、追手門から伸びる追手筋では、毎週日曜日に「日曜市」が立ちます。伝承では1690年代に藩が公認したとされ、以来戦争の時期を除いてのほぼ途切れなく続いてきたというのが地元の誇りです。城下の農民が自分で作った野菜や花を直接売る場として発展し、以来も流通を介さない直売の伝統は変わっていません。

地元の常識。 高知城の天守は他の多くの城と違い、天守単体でなく本丸御殿と一体で見られるため、天守の内部で履物を脱ぐ場面がなく、建物を抜けずに行き来できる構造になっています。実際に歩いて初めて実感できる、地元民には有名なガイドブックには意外と載らないディテールです。
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