トップ ⼎ 龍馬、脱藩の道
02 — 脱藩
1862年3月24日夜、坂本龍馬は沢村惣之丞とともに高知城下を離れました。当時、藩を無断で出る「脱藩」は原則死罪。山を越えて伊予国へ抜けるこの道の先に、龍馬は何を見ていたのでしょうか。
ルートは高知城下→佐川→梼原(ゆすはら)→韮ヶ峠(にらがとうげ)→伊予国とされます。現在も梼原町には「維新の道」として整備されたハイキングコースが残り、地元では龍馬が実際に歩いた道として大切に保存されています。発足から韮ヶ峠を越えるまでは一日ではいかず、途中で一泊したと伝わります。姉・乙女へ宛てた手紙には、この時期の心情が率直につつられています。
地元では有名な話ですが、龍馬は脱藩後、開国論者であった勝海舟を暗殺しようとして訪ねたものの、世界情勢や海軍の必要性を説く勝の話に引きこまれ、その場で弟子入りしたというエピソードが伝わっています。出典は後年の回想録の段階で記録されたものが中心で、発言の細部には諸説ありますが、この出会いが、後の亀山社中結成へとつながっていくのは確かです。