トップ ⼎ 高知の著名人

04 — 人物録

一国としては小さくても、
世界と対話し続けた人々。

坂本龍馬だけではありません。漂流先でアメリカを見て帰国した漁師、西洋思想を早々と日本語で読み解いた思想家、日本の植物分類学をひとりで築いた植物学者——高知は、分野を問わず異才を送り出し続けています。

万

ジョン万次郎(中浜万次郎)

1827–1898

漂流漁師|通訳・教育者

14歳で遠洋漁中に難破し、無人島での漂流の末にアメリカ捕鯨船に救助されました。造船所で学び英語を修得し、鎖国中の日本に帰国した後は幕府の造船・英語教育に尽力し、龍馬も万次郎の著作や話を通じて海外事情を学んだとされます。

兆

中江 兆民

1847–1901

思想家|「東洋のルソー」

長崎・東京で学び、フランス留学を経てルソーの『社会契約論』を早々と日本に紹介。自由民権運動の思想的支柱となり、後の政党政治の思想的な土台にも影響を与えました。

牧

牧野 富太郎

1862–1957

植物学者|「日本植物学の父」

小学校中退でも学歴を問われず東京帝国大学の植物学教室で研究を続け、生涯で16万枚以上の植物標本と多数の新種を発見・命名しました。近年のドラマでも取り上げられ、高知では今も親しまれています。

広

広井 勇

1862–1928

土木技術者|日本の港湾工学の先駆者

札幌商科学校(現・北海道大学)で学び、小樽港の防波堤設計でコンクリートの耐久性を大幅に高める技術を確立しました。土木工学の教科書にも長く使われた、地味だが重要な人物です。

一言。 このページでは実証のしっかりした人物を中心に紹介しています。幸徳秋水など、高知出身で歴史的に重要だが評価が分かれる人物については、一方的な評価を避け、別途深掘りしていく予定です。
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