地元の常識

通り名と京ことば

「烏丸通御池上ル」。京都の住所は、地図アプリより先に子どもの数え歌で覚える。住所・ことば・暮らしの作法に潜む、千年都市のOSを解読する。

上ル 西入ル

地形を読む住所は「数え歌」で覚える

京都の子どもたちは、通りの名前をわらべ歌で覚える。東西の通りを北から南へ順に歌い込んだ、有名な一節がこれだ。史実

まる たけ えびす に おし おいけ
あね さん ろっかく たこ にしき
し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう
せった ちゃらちゃら うおのたな
ろくじょう さんてつ とおりすぎ
しちじょう こえれば はち くじょう
じゅうじょう とうじで とどめさす

「まる」は丸太町通、「たけ」は竹屋町通、「えびす」は夷川通、「に」は二条通、「おし」は押小路通、「おいけ」は御池通……と、頭の一文字や二文字をつなげたもの。「とうじでとどめさす」は、南の端の九条にある東寺で歌が終わる、という意味だ。南北の通りにも「てら ごこ ふや とみ やなぎ さかい……」という歌がある。

地元の人に道を聞くと、この歌を小さく口ずさみながら指を折って数え、「ほな、三つ下がったとこやな」と教えてくれることがある。有力説 地図アプリがなかった時代から続く、京都人の頭の中のナビだ。

謎を解く「上ル・下ル・西入ル・東入ル」

古い琺瑯の町名表示。「上ル」「西入」の文字が見える
古い琺瑯の町名表示。「上ル」「西入」の文字が見える

京都の住所の書き方は独特だ。たとえば「中京区烏丸通御池上ル」は、「烏丸通と御池通の交差点から、烏丸通を北へ上がったところ」という意味。北へ行くのが「上ル」、南が「下ル」、東へ入るのが「東入ル」、西が「西入ル」。史実

この方式なら、交差点さえわかれば、どちらへ歩けばいいかが一目でわかる。碁盤の目の町ならではの、とても合理的な住所表示だ。その一方で、正式な町名だけだと同じ名前の町がいくつもあるため、通り名を添えないと場所が特定できない、という事情もある。史実

謎を解く「ぶぶ漬けでもどうどす」は本当か

京都の人に「ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどす?」と言われたら、それは「そろそろ帰ってください」の合図──。京都人の「いけず(意地悪)」の代表例として、あまりにも有名な話だ。都市伝説

ところが、実際に京都の家で「ぶぶ漬け」を勧められて帰された、という人にはなかなか出会えない。この話は、上方落語「京の茶漬」などを通じて広まったものとされ、京都の人自身も「言われたことない」と笑うことが多い。有力説

ほかにも「ピアノ上手にならはったなあ(=うるさい)」「ええ時計してはりますなあ(=話が長い、早く帰れ)」など、京都の遠回しな言い方を題材にしたネタは数えきれない。都市伝説 多くは誇張されたネタだが、はっきり「ノー」と言わずに角を立てない言い方は、狭い町に千年以上ひしめきあって暮らしてきた人々の、人づきあいの知恵とも言える。有力説

人に迫る京ことば、ちょっと玄人編

  • 〜はる:「先生が来はった」など、軽い敬意をこめた言い方。京都では身内や、ときには動物や天気にまで使うことがあり、敬語というより「やわらかい言い方」に近い。史実
  • ほっこり:今は「ほっとする、温かい」の意味で全国に広まったが、京都では本来「ひと仕事終えて、ほっとして疲れた」という意味で使われてきた。史実
  • はんなり:上品で明るく華やかなさま。色や着物について言うことが多い。
  • おいでやす/おこしやす:どちらも「いらっしゃいませ」。おこしやすの方が丁寧、とよく言われるが、店や人によって感覚は異なる。都市伝説
  • おおきに:「ありがとう」。本来は「おおきにありがとう」の略で、「たいへん」を意味する副詞。

謎を解く町家の「顔」を読む

町家の格子と犬矢来。一つひとつに意味がある
町家の格子と犬矢来。一つひとつに意味がある

京都の町家の表構えには、一つひとつに意味がある。

  • 格子:木の格子は、家の中から外は見えるが外から中は見えにくい、プライバシーの装置。しかも商売によって形が違い、「糸屋格子」「米屋格子」「酒屋格子」など、格子を見れば昔の商売がわかると言われる。史実
  • 犬矢来(いぬやらい):軒下の壁を守る、竹を曲げた囲い。雨の泥はねや、犬の小便よけ。史実
  • 鍾馗(しょうき)さん:小屋根の上にちょこんと立つ、厄除けの人形。向かいの家の鬼瓦ではね返された魔を、さらにはね返すために置いた、という話が伝わる。伝承
  • 虫籠窓(むしこまど):二階の、塗り壁に縦格子を入れた低い窓。

最前線茶色いコンビニの理由

二寧坂のスターバックスは築100年近い町家を改装。看板の代わりに暖簾がかかる
二寧坂のスターバックスは築100年近い町家を改装。看板の代わりに暖簾がかかる

京都を訪れた人がよく驚くのが、コンビニやファストフード店の看板が落ち着いた色になっていること。これは2007年に始まった京都市の「新景観政策」によるものだ。史実 建物の高さの上限を引き下げ、屋上の看板や点滅する広告を禁止するなど、全国でも厳しい景観のルールが定められた。史実

背景には、京都タワー(1964年)や京都ホテル、京都駅ビルの建設のたびに起きた「景観論争」の歴史がある。史実 京都の人は、古いものを守りたい気持ちと、新しいものを取り入れたい気持ちの間で、ずっと議論を続けてきた。茶色い看板は、その議論が形になったものだ。

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