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07 — 食

三つの麺は、
三つの別々の場所から来た。

わんこそば、じゃじゃ麺、盛岡冷麺。「盛岡三大麺」と呼ばれるこの三つは、実はルーツがまったく違います。一つは南部の殿様の伝説から、一つは旧満州から、一つは朝鮮半島北部から。北の城下町は、三つの異なる歴史を一つの食卓に並べた町でもあります。

わんこそば

「おかわり」を断るのが、いちばん難しい。

伝承諸説あり

給仕さんが「はい、じゃんじゃん」「どんどん」と掛け声をかけながら、ひと口分のそばを次々と椀に投げ入れていく。満腹になったら、椀に蓋をするまで終わらない――それがわんこそばです。「わんこ」は、岩手の言葉で「お椀」のこと。

起源については諸説あります。よく語られるのは、江戸時代に南部の殿様が花巻に立ち寄った際、地元の人が小さな椀でそばを出したところ、殿様が気に入って何度もおかわりをした、という花巻説。もう一つは、盛岡出身の原敬が帰省した際に「そばはわんこに限る」と言ったのが広まった、という原敬説です。

さらに根っこには、農村の祭りや冠婚葬祭で大勢の客にそばをふるまう「おてばち」の習慣があったといわれます。大人数に温かいそばを出すには、少量ずつ次々と出すのが合理的だったのです。

地元の常識

わんこそばは、およそ10〜15杯でかけそば一杯分といわれます。店では100杯を超えると記念の証明書がもらえることが多く、薬味やお刺身、とろろなどの「おかず」を上手に挟むのがコツ。ただし地元の人は「わんこそばは観光客と宴会のもの」と言いつつ、普段は冷やしかけそばをすする人も多いのが実際のところです。

じゃじゃ麺

満州から来た麺と、最後の一杯「チータンタン」。

史実

平打ちのうどんのような麺に、肉味噌ときゅうり、ネギをのせ、好みでラー油、酢、おろしにんにくを加えて、よく混ぜて食べる。盛岡のじゃじゃ麺は、中国の炸醤麺(ジャージャン麺)をルーツに持つ料理です。

戦前、旧満州で暮らしていた高階貫勝(たかしな・かんしょう)という人物が、現地で食べた炸醤麺の味を忘れられず、戦後盛岡で屋台を始めて出したのが始まりとされます。その屋台がのちの老舗「白龍(パイロン)」。日本人の口に合うよう工夫を重ねるうちに、中国の炸醤麺とも東京のジャージャー麺とも違う、独特の「盛岡のじゃじゃ麺」になっていきました。

地元の常識

じゃじゃ麺には、地元民なら必ず知っている「締め」があります。麺を少し残した皿の上で生卵を割ってかき混ぜ、店の人に渡すと、ゆで汁と肉味噌を足してスープにしてくれる。これが「チータンタン(鶏蛋湯)」です。塩やこしょう、ラー油で味を調えて、最後の一滴まで味わうのが盛岡流。

盛岡冷麺

北の料理人が、故郷の冷麺を再現しようとした。

史実

コシの強い半透明の麺に、牛骨のスープ、キムチ、そして季節の果物。盛岡冷麺の始まりは、昭和29年(1954)、盛岡の焼肉店「食道園」で、朝鮮半島北部の咸興(ハムン)出身の料理人・青木輝人(楊龍哲)が出した一杯だといわれています。

青木は、故郷で食べていた冷麺の味を再現しようとしましたが、同じ材料は手に入りません。そこで小麦粉やでんぷんを使い、圧力をかけて押し出して作る独自の麺を工夫しました。当初は「平壌冷麺」の名で出されていましたが、盛岡で独自の進化を遂げたこの冷麺は、やがて「盛岡冷麺」の名で全国に知られるようになります。

地元の常識

盛岡冷麺は、辛さを「別辛」で頼めるのが盛岡のお店の常識。キムチを別皿にしてもらい、自分で辛さを調整できます。果物はスイカ、梨、りんごなど季節によって変わり、「今の季節は何がのってくるか」を楽しみにする常連も多いのです。

肉味噌ときゅうりがのったじゃじゃ麺
じゃじゃ麺締めはチータンタン
スイカがのった盛岡冷麺
盛岡冷麺季節の果物つき
福田パン

注文を受けてから塗る、コッペパン。

史実

盛岡の人に「ソウルフードは?」と聞くと、三大麺よりも先に名前が挙がることがあるのが福田パンです。店頭には、大きなコッペパンと約50種類の具材が並び、客が注文すると、その場で好みの具材を塗って挟んでくれます。

創業者の福田留吉は、宮沢賢治の教え子でした。酵母の研究者だった留吉が昭和23年(1948)に創業し、岩手大学の学生のために考えたのが、1個でご飯2膳と牛乳1本分のカロリーがとれるという大きなコッペパンです。

いちごとクリームを挟んだ福田パンのコッペパン
福田パン季節限定の具材も
地元の常識

注文数の約3割を占めるといわれる不動の人気は「あんバター」。甘い系とおかず系の具材を組み合わせることもでき、「自分の定番の組み合わせ」の話になると盛岡の人は妙に熱くなります。

家庭の味

観光ガイドに載りにくい、岩手のいつもの味。

南部せんべい

小麦粉を丸い型で焼き上げた素朴なせんべい。縁の「耳」と呼ばれる薄い部分が好きだという人も多い。ごまや落花生入りのほか、鍋に入れる「せんべい汁」用のものもある。

ひっつみ

小麦粉の生地を手で薄く引きちぎって、野菜やきのこと一緒に煮込んだ汁物。「ひっつまむ」(ちぎる)が名前の由来。寒い季節の家庭の定番。

がんづき

黒砂糖や酢を使った蒸しパンのような郷土菓子。表面にのせたごまやくるみを、雁が月を渡る姿に見立てたことが名前の由来とされる。

盛岡の喫茶店

盛岡は昔ながらの喫茶店が多い町としても知られる。自家焙煎の老舗から文学ゆかりの店まで、コーヒーとともに長居できる店が今も町の文化を支えている。

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藩主が京都から招いた釜師、羊毛を手で紡ぐ織物、そして南部紫。暮らしに息づく盛岡の工芸。

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