今、世界の大きな都市を歩けば、「RAMEN」と書かれた看板を見つけるのは難しくありません。ニューヨークでもロンドンでも、パリでもシドニーでも、日本のラーメン店の前には行列ができています。台北には日本の有名店が次々に出店し、日本人観光客が驚くほどの人気を集めています。
中国の麺料理から生まれた日本のラーメンは、どのようにして世界の料理になったのでしょうか。
先に海を渡ったのは、インスタント
世界で先に知られたのは、店のラーメンではなく、インスタントラーメンでした。1970年代には、日本のメーカーがアメリカに工場をつくり、カップ麺や袋麺を売り出します(第3章)。安くて、すぐに作れて、腹にたまるインスタント麺は、アメリカの学生たちの定番の夜食になりました。
そのため、長い間、欧米の多くの人にとって「ramen」は、安いインスタント麺のことでした。日本の専門店が出す、スープから手間をかけて作る一杯のラーメンが知られるようになるのは、もっと後のことです。
映画「タンポポ」とニューヨーク
昭和60年(1985)に公開された伊丹十三監督の映画「タンポポ」は、さびれたラーメン店を、トラック運転手たちの助けで町一番の店に立て直す物語です。西部劇を下敷きにしたこの「ラーメン・ウエスタン」は、海外でも公開されて評判になり、日本のラーメンが「職人がこだわり抜く料理」であることを、多くの外国人に印象づけました。
大きな転機は2000年代のニューヨークで訪れます。2004年、韓国系アメリカ人の料理人デイヴィッド・チャンが、マンハッタンのイースト・ヴィレッジに「Momofuku Noodle Bar」を開きました。店名の「モモフク」は、インスタントラーメンを生んだ安藤百福へのオマージュです。日本のラーメンをもとにした一杯は、食通たちの間で大評判になりました。
2008年には、福岡で生まれた「一風堂」が、同じイースト・ヴィレッジに海外1号店を開きます。博多の豚骨ラーメンを、バーのような店で、日本酒やカクテルとともに楽しむスタイルは、ニューヨークの人々の心をつかみ、長い行列ができる店になりました。ここから、日本の有名ラーメン店の海外進出が本格的に始まります。

台湾――ドラマから始まった「日式拉麵」
アジアでは、台湾が日本のラーメンの大きな市場になりました。
台湾には、1990年代から、日本のドラマや音楽にあこがれる若者たち「哈日族(ハーリーズー)」が多く、日本のラーメンを受け入れる下地がありました。有力説新横浜ラーメン博物館は、日本のテレビドラマでラーメンを食べる場面が若者の関心を集めたことが、台湾でのラーメン人気のきっかけのひとつになったと紹介しています。2000年前後からは日本のラーメンチェーンが台湾に進出しはじめ、2010年代に入ると人気はさらに広がりました。台湾では、日本式のラーメンは「日式拉麵」と呼ばれ、地元の麺料理よりかなり高い値段で売られています。
平成29年(2017)6月15日には、博多の「一蘭」が台北市の信義区に台湾1号店を開きました。開店後の行列は、312時間にわたって途切れなかったと伝えられています。台湾の人々にとって、日本のラーメンは、旅行先の日本で食べる「本場の味」であると同時に、地元でも楽しめる身近な外食になっています。
台湾と日本のラーメンには、深いつながりがあります。インスタントラーメンを生んだ安藤百福は台湾の生まれで(第3章)、戦前、日本のラーメンに欠かせないメンマの材料は台湾から運ばれていました(第5章)。名古屋には、台湾出身の料理人が生んだ「台湾ラーメン」もあります(第6章)。
アジアで育ったインスタント麺
アジアの国々では、日本から伝わったインスタントラーメンが、それぞれの国の味として根づいていきました。
韓国では、昭和38年(1963)に三養食品が日本の明星食品の技術協力を受けて、韓国で最初のインスタントラーメンを発売したとされます。韓国のインスタントラーメン「ラミョン」は、唐辛子のきいた辛いスープを中心に独自の発展をとげ、今では韓国の人々にとって欠かせない国民食のひとつになっています。
インドネシアでは、「インドミー」などのブランドのインスタント麺が国じゅうで食べられ、スープのない焼きそば風の「ミーゴレン」の味は、インドネシアの外でも人気です。2025年の世界のインスタントラーメンの需要でも、インドネシアは中国・香港に次ぐ2位でした(第3章)。安藤百福の発明は、アジアの国々で、それぞれの土地の味をまとったのです。
中国へ「里帰り」したラーメン
中国の麺料理から生まれた日本のラーメンは、中国にも「里帰り」しています。熊本で生まれた「味千ラーメン」は、1996年に香港に1号店を開いてから中国本土に広がり、日本のラーメンを中国の人々に広めました(第4章)。上海や北京などの大都市には、日本の豚骨ラーメンや味噌ラーメンの店が並び、「日式拉麺」として親しまれています。
中国にはもともと、手で生地を引きのばして作る蘭州の「牛肉拉麺」など、多くの麺料理があります。同じ「拉麺」という字を使いながら、中国の拉麺と日本のラーメンは、まったく別の料理として受け止められているのが面白いところです。
ヨーロッパのラーメン
ヨーロッパでも、ラーメンは人気の料理になっています。ロンドンでは1990年代に、日本のラーメン店や食堂に着想を得た、ラーメンなどの麺料理を出すカジュアルなレストランチェーンが生まれ、イギリス各地に広がりました。パリでは、日本料理店が集まるオペラ地区のサンタンヌ通りの周辺に、日本のラーメン店が並び、昼どきには行列ができます。
ヨーロッパの都市では、日本から進出した有名店に加えて、現地の料理人が日本でラーメンを学んで開いた店も増えています。ラーメンは、日本人が海外で作る料理から、世界の料理人が自分なりの解釈で作る料理へと変わりつつあります。
ミシュランの星
平成27年(2015)12月に発表された「ミシュランガイド東京2016」で、東京・巣鴨(当時)のラーメン店「Japanese Soba Noodles 蔦」が一つ星を獲得しました。ラーメン店がミシュランガイドで星を獲得したのは、これが世界で初めてでした。トリュフオイルを使った醤油ラーメンを出す店には、発表後、長い行列ができ、整理券を配る騒ぎになりました。
ラーメンは、「安い大衆食」であると同時に、世界の美食の評価の対象にもなったのです。ミシュランガイドでは、その後も、手ごろな値段で質の高い料理を出す店を選ぶ「ビブグルマン」に、多くのラーメン店が選ばれています。
世界で変わるラーメン
農林水産省の調査では、海外の日本食レストランは、2025年に約18万1千店ありました。2023年の前回調査より約6千店減りましたが、10年ほど前と比べると大きく増えています。その中で、ラーメン店は、すしと並ぶ日本食の代表になりました。
海外のラーメンは、日本のラーメンをそのまま持ちこむだけではありません。豚肉を食べないイスラム教徒のための鶏や牛のスープのラーメン、肉や魚を使わないヴィーガンのラーメン、小麦アレルギーの人のためのグルテンフリーの麺。現地の食材や好みに合わせたラーメンも次々に生まれました。ニューヨークでは、ラーメンの麺を焼き固めてバンズ代わりにした「ラーメンバーガー」が話題になったこともあります。
平成25年(2013)からは、新横浜ラーメン博物館が、海外で生まれ育ったラーメン店を日本に呼ぶ「逆輸入ラーメン」の取り組みも始めました。日本の外で進化したラーメンが、ふたたび日本に戻ってくる時代になっています。
世界の人は、なぜラーメンにひかれるのか
海外の人がラーメンにひかれる理由は、いくつか考えられます。一杯の中に、肉、野菜、麺、スープがそろった、わかりやすい「完結した料理」であること。店ごとに味が違い、何軒も食べ歩く楽しみがあること。職人が何時間もかけてスープを炊く、という物語があること。そして、日本を旅した人にとって、ラーメンは、旅の思い出と結びついた「日本の味」になっていることです。
訪日外国人観光客が増えるにつれて、日本のラーメン店にも、外国語の券売機やメニュー、豚を使わないラーメンなどを用意する店が増えました。中国の麺から生まれた日本のラーメンは、今、日本と世界を行き来しながら、新しい形を生み出し続けています。
ここを見る:「すする」音
日本では、ラーメンやそばを音を立ててすするのは、ごく普通の食べ方です。空気と一緒に麺を口に入れることで、スープの香りが広がり、熱い麺を冷ましながら食べられると言われます。ただ、海外では、食事中に音を立てるのは行儀が悪いとされる国が少なくありません。日本のラーメン店で、外国人の旅行者が音を立てずに静かに食べていたり、思い切ってすすってみたりする姿は、食文化の違いを感じさせる光景です。どちらの食べ方でも、おいしく食べればよいのです。
この章の出典と注記
事実
- 映画「タンポポ」(伊丹十三監督)は1985年公開。
- Momofuku Noodle Barは2004年、一風堂のニューヨーク店は2008年にイースト・ヴィレッジに開店。
- 一蘭の台湾1号店は2017年6月に台北市信義区に開店。
- 「蔦」は「ミシュランガイド東京2016」(2015年12月発表)で、ラーメン店として世界初の一つ星を獲得。
- 農林水産省の調査で、海外の日本食レストランは2025年に約18.1万店。
諸説・補足
- 台湾でのラーメン人気のきっかけを日本のドラマ(1996年の「ロングバケーション」)とする説明は、新横浜ラーメン博物館による。ほかの報道では、2000年前後からのラーメンチェーンの進出が人気を広げたとしている。
- 一蘭台湾店の「312時間の行列」は報道による。
- 「すする」ことで香りが広がるという説明は、一般的に言われていることで、食べ方の正解を示すものではない。
主な参考資料
- 新横浜ラーメン博物館「ラーメントリビア」「逆輸入ラーメン」
- 農林水産省「海外における日本食レストランの数」(2025年)
- 各店の公式情報、nippon.com などの報道
