トップ / 特集 / ラーメン ― 一杯の丼から見る日本と世界

第5章

丼の解剖学

スープ・タレ・麺・香味油・具

ラーメン店の厨房をのぞくと、大きな寸胴鍋がいくつも火にかけられています。けれど、その鍋の中身だけでラーメンができるわけではありません。一杯のラーメンは、大きく分けて5つの部品を、丼の中で組み立てて作られます。

丼にまず「タレ」を入れ、「香味油」を加え、熱い「スープ」を注ぐ。そこに、ゆでた「麺」を泳がせ、「具」をのせる。この5つの組み合わせ方が、無数のラーメンの違いを生み出しています。

スープ――清湯と白湯

スープの土台になるのは、だしをとる材料です。鶏ガラや豚骨、牛骨などの「動物系」、煮干し、鰹節、サバ節、昆布などの「魚介系」、玉ねぎや長ねぎ、しょうがなどの「野菜」。店ごとに、これらを組み合わせてスープを作ります。

スープは、見た目と作り方から大きく二つに分けられます。ひとつは、透きとおった「清湯(ちんたん)」。材料を沸騰させないように静かに煮出し、アクを取り除いて作ります。昔ながらの醤油ラーメンや塩ラーメンの多くは、この清湯です。

もうひとつが、白く濁った「白湯(ぱいたん)」。骨を強火でぐらぐらと長時間炊き続けると、骨から溶け出したゼラチンや脂、骨髄などが細かい粒になって水の中に散らばり、乳化します。牛乳が白く見えるのと同じ理由で、スープは白く濁ります。九州の豚骨スープや、2000年代に人気になった鶏白湯は、こちらの仲間です(第4章)。

タレ――味の「芯」

ラーメンの味を「醤油」「塩」「味噌」と呼び分けるとき、それはスープではなく、丼の底に入れるタレ(かえし、元ダレとも)の違いを指しています。スープはいわば「だし」で、そこにタレを合わせて、はじめて塩気のある「ラーメンのスープ」になるのです。

醤油ダレは、醤油にみりんや酒、昆布や干し椎茸、チャーシューの煮汁などを加えて作ります。塩ダレは、塩に昆布や貝、魚介のだしなどを合わせたもの。味噌ダレは、何種類かの味噌に、にんにく、しょうが、ごま、香辛料などを練り合わせて作ります。

よく「ラーメンの4大味は醤油・塩・味噌・豚骨」と言われますが、豚骨だけはタレではなくスープの種類です。博多の豚骨ラーメンも、実際には醤油や塩のタレで味をつけています。豚骨スープが強い個性を持つので、別の分類として扱われるようになりました。

1908年池田菊苗が昆布のうま味成分(グルタミン酸)を発見
5つスープ・タレ・麺・香味油・具
約1mm博多ラーメンの極細麺の太さの目安

うま味の掛け算

ラーメンのおいしさを支えているのが「うま味」です。明治41年(1908)、東京帝国大学の池田菊苗が、昆布だしのうま味のもとがグルタミン酸であることを発見し、「うま味」と名づけました。その後、1913年には小玉新太郎が鰹節のうま味成分としてイノシン酸を見つけ、1957年には國中明がグアニル酸のうま味を発見しました。グアニル酸は、のちに干し椎茸のうま味成分であることもわかります。

グルタミン酸と、イノシン酸やグアニル酸を組み合わせると、うま味が何倍にも強く感じられることが知られています。これを「うま味の相乗効果」と言います。鶏ガラや豚骨(イノシン酸を多く含む肉や骨)のスープに、昆布(グルタミン酸)を合わせ、魚介の鰹節や煮干しを加える。動物系と魚介系の材料を合わせる「ダブルスープ」が多くの店で使われるのは、この相乗効果をねらったものです。

池田菊苗の発見をもとに、明治42年(1909)には、グルタミン酸ナトリウムを主な成分とするうま味調味料が売り出されました。うま味調味料は戦後のラーメン店でも広く使われ、町の中華そばの味を支えてきました。近年は、うま味調味料を使わずに素材だけでだしをとる「無化調」をうたう店も増えています。どちらが正しいということではなく、店ごとの考え方の違いです。

麺――かん水と加水率

中華麺は、小麦粉にかん水を加えて打ちます(第1章)。かん水のアルカリ性によって、麺にコシと弾力、独特の香りと黄色が生まれます。

麺の個性を大きく左右するのが「加水率」です。小麦粉の重さに対して、どれだけの水(かん水を溶かした水)を加えるかの割合で、加水率が低い麺は、歯切れがよく、スープをよく吸います。博多の極細麺のような低加水の麺は、のびやすいので、少なめの量をすばやく食べるのに向いています。反対に、加水率の高い麺は、もちもちとして、つるりとした口あたりになります。喜多方の平打ち麺はその代表です。

麺の太さは、製麺機の「切刃(きりは)」の番手で決まります。番手は、幅30ミリの麺の帯を何本に切り分けるかを表す数字で、数字が大きいほど細い麺になります。さらに、麺を手でもんで波打たせた「縮れ麺」はスープがよくからみ、まっすぐな「ストレート麺」はすすったときののどごしがよくなります。

製麺所の中華麺
製麺所の中華麺

香味油――表面の一枚

ラーメンのスープの表面には、たいてい油の層が浮いています。この「香味油」は、スープを冷めにくくし、香りを立たせ、味に厚みを与える役割を持っています。

豚の脂を溶かしたラード、鶏の脂から作る鶏油(チーユ)、豚の背中の脂身を細かくした背脂、にんにくを焦がして作る黒いマー油、ねぎを揚げて香りを移したねぎ油。旭川ラーメンのラードの膜、家系ラーメンの鶏油、尾道や京都の背脂、熊本のマー油と、ご当地ラーメンの多くは、香味油に個性があります。

寸胴鍋の時間

スープ作りには、長い時間がかかります。透きとおった清湯のスープは、鶏ガラや野菜を弱火で数時間かけて煮出します。白く濁った豚骨スープは、骨を割って髄を出し、強火で半日以上炊き続ける店も珍しくありません。博多や久留米には、前の日のスープを少しずつ残し、新しい骨と水を足しながら炊き続ける「呼び戻し」という方法をとる店もあります。

スープは、季節や天気、仕入れた骨の状態によっても毎日少しずつ変わります。多くの店主は、営業中も何度もスープの味見をし、タレの量を微調整しています。「同じ味を出し続けることがいちばん難しい」と語る店主が多いのは、そのためです。

丼の縁の模様

ラーメンの丼の縁をよく見ると、四角いうず巻きのような模様が並んでいることがあります。これは「雷紋(らいもん)」と呼ばれる、古代中国の青銅器にも使われた文様です。雷や稲妻を図案にしたもので、魔よけの意味があるとされます。

丼の内側に、龍や鳳凰が描かれていることもあります。「喜」の字を二つ並べた「双喜紋(囍)」は、もともと中国で結婚などのお祝いに使われる縁起のよい文字です。ラーメンの丼に中国風の模様が多いのは、ラーメンが中国料理として日本に広まった名残です。最近は、白無地や黒の器、和食器のような丼を使う店も増えていて、丼の模様からも、その店が目指すラーメンの姿が見えてきます。

雷紋の丼
雷紋の丼

製麺所と自家製麺

ラーメン店の多くは、麺を製麺所から仕入れています。製麺所は、店ごとに小麦粉の種類、かん水の量、加水率、太さ、縮れの強さを変えて、その店のスープに合う麺を作ります。人気店の店主と製麺所が、何度も試作を重ねて一杯の麺を作り上げることも少なくありません。

一方で、店の中に製麺機を置き、自分の店で麺を打つ「自家製麺」の店も増えています。自分で麺を打てば、スープに合わせて細かく調整でき、その日の気温や湿度に合わせて加水を変えることもできます。店の入り口近くに、ガラス越しに製麺室が見える店もあります。

具――丼の上の小さな歴史

ラーメンの具にも、それぞれの由来があります。

チャーシューは、もとは中国・広東の「叉焼」で、豚肉を串に刺して焼く料理です。日本のラーメン店では、焼くのではなく、醤油ダレで煮込んだ「煮豚」をチャーシューと呼ぶことが多く、その煮汁がタレの材料にもなります。

メンマは、麻竹(まちく)というタケノコを発酵させてから乾燥させたものです。戦前は台湾から多く輸入され、「支那竹(しなちく)」と呼ばれていました。戦後、台湾産の麻竹を使った食品会社の商品名から「メンマ」の名前が広まったとされます。今は中国産などが多く出回っています。

ナルトは、魚のすり身で作るかまぼこの一種で、断面のうず巻き模様が鳴門の渦潮に似ていることから名づけられました。新横浜ラーメン博物館は、ナルトはもともと、そばの具だったと紹介しています。生産地としては静岡県の焼津が知られています。

ほかにも、海苔、ねぎ、もやし、煮玉子(味玉)、札幌のバターとコーン、九州の紅しょうがときくらげ。丼の上には、その店とその町の歴史が、小さく並んでいます。

ここを見る:丼の中の「層」

ラーメンが運ばれてきたら、まずスープだけを一口飲んでみてください。表面の香味油の香りが最初に来て、そのあとにだしのうま味とタレの塩気が広がるはずです。麺を持ち上げて、スープのからみ方を見るのもおすすめです。縮れ麺か、ストレート麺か。細いか、太いか。5つの部品を意識すると、同じ一杯でも見えるものが変わります。

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この章の出典と注記

事実

  • 1908年に池田菊苗がグルタミン酸のうま味を発見。イノシン酸は1913年に小玉新太郎、グアニル酸は1957年に國中明が見つけた。
  • グルタミン酸と核酸系のうま味成分を合わせると、うま味が強く感じられる(うま味の相乗効果)。
  • 1909年にグルタミン酸ナトリウムを主成分とするうま味調味料が発売された。
  • 切刃の番手は、幅30ミリの麺帯を何本に切るかを表す。

諸説・補足

  • 「メンマ」の名前の由来は、食品会社の商品名から広まったという説が有力とされる。
  • 麺の加水率や太さの区分は、製麺所や店によって基準が異なる。

主な参考資料

  • 日本うま味調味料協会・うま味研究会の公開資料
  • 新横浜ラーメン博物館「ラーメン大辞典」「ラーメントリビア」
  • 製麺業界団体の公開資料
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